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俳優も同じ? 自分を殺して目上の心情を忖度する日本人/鴻上尚史

未熟な演出家にとって扱いやすい人種

 欧米では、こうやって演出家と俳優は交渉し、「戦い」ます。  でも、日本に来て、日本人俳優を演出すると「そこで急に大声で言って欲しい」と言うと、ほとんどの俳優が「分かりました」とすぐに答えると言うのです。「だから、日本人俳優はものすごく演出しやすい」と欧米の演出家は口を揃えて言います。  力のない演出家、未熟な演出家からすると、楽園のような現場です。俳優の気持ちではなく、簡単に演出家の都合を優先してくれるのです。  もっとも、「演出しやすい」と、正直に僕に話してくれる演出家は、このことが、「楽だ」とか「素晴らしい」とか思っていない人達です。  彼らはとても不思議がります。 「どうして、何の説明もないまま、受け入れるのだろう」と。  ある演出家は、思わず、日本人俳優に「どうして大声で言うの?」と質問したそうです。日本人俳優はキョトンとした顔で「だって、あなたが大声でと言ったから」と答えたそうです。  この答えにイギリス人演出家は驚きました。どうしてそんなに簡単に自分の気持ちを手放して、演出家の気持ちになれるのか。あなたは自分の気持ちで生きてないのか?「まったく理解できない」と彼は嫌悪の表情で言いました。  演技をするということは、その役の気持ちになるということです。人間を演じるわけですから、その人物の感情をずっと生きます。その時、突然、「演出家の気持ち」に切り換えられるメカニズムが分からないということです。  でも、俳優だけではなく、私達日本人は、自分を殺して目上の人の気持ちに寄り添うことを美徳とか当然のことだと思いがちです。  そして、目上の人である演出家に異議をとなえることは、「芝居を作るということは大変なことなんだから、批判とかしてる場合じゃない」と思ってやめるのです。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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