ライフ

35歳で「乳がんステージ4」が発覚。それでも婚活を続けた女性の8年間

一番悲しいのは「人から忘れられてしまうこと」

 もうひとつ人生を大きく変えたことがあった。  乳がんの罹患は「死」を初めて意識させたが、同時に「生きる意味」も考えさせた。結婚して家族を作ることが、生きる意味でそれを叶えたいという思いもあったが、それは相手がいないとできないことだし、完治が見えていなかった私にとってはハードルが高かった。  自分が死ぬことを考えたとき、一番悲しいのは「人から忘れられてしまうこと」だと気づき、何か自分に遺せるモノやコトはないかと考え、子供の頃からの夢だった漫画家を目指すことを決めた。  とはいえ、漫画家といえば人気職業、その道は簡単なものではなかった。治療しながら仕事も続け、漫画教室にも通い、休日は朝から晩まで作品を描き続けた。それだけ多忙だったにもかかわらず、死ぬまでに挑戦したかった憧れのバイオリンも同時に始めたりもした。死を意識したことで私の思考回路は明らかに変化していたのだ。

強烈なダメ出しを経て、ついに果たした漫画家デビュー

 慌ただしい毎日だったが新しいことに挑戦するのはとても楽しく、特に漫画を描くことにはすぐにのめり込んでいった。  それでももちろんいきなり漫画家になれるわけじゃない。数か月かけて描き上げた作品を、いくつかの出版社に持ち込みに行ったのだが、強烈なダメ出しをくらい、かすりもせずに却下された。  しかし、そんなことを繰り替えし4回目の持ち込みで、ついに親身になってくれていた担当から「ウェブでならイケるのでは?」と提案されたのをきっかけにウェブでの漫画家デビューが決まった。
白戸ミフル

念願のコミックエッセイの出版も果たす

 紙媒体でできるのがベストだったが、ウェブでの連載を開始し、それがきっかけでライターとしても活動することになり、ついには電子書籍やコミックエッセイ本の出版もすることができた。  覚悟を持って動き始めれば、人生はいつでも大きく動かせることができる。
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「自分の物語」をハッピーエンドにするために
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