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新鋭による芥川賞受賞作品から考える「推す」ことの功罪/鈴木涼美

優れた純文学の新人作家に与えられる芥川賞の選考会が1月20日に開催され、宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』が受賞した。21歳8か月での受賞は史上3番目の若さとなる。
鈴木涼美

写真/時事通信社

推しの王子様/鈴木涼美

「ワタシは橋本治のファンです」とか「ワタシは橋本治オタクです」というのは自分についての説明文ではあるが、重要なのは橋本治であってワタシじゃない。「ワタシの推しは橋本治です」と言う時、ワタシは急に物語の主人公になって、推すという行為の主体となって、橋本治のほうは固有名から「推し」という呼称になり、ワタシの物語を補完する色彩となる。  ファンダム・オタク文化から推し文化へ、という流れの中でワタシたちは、主体性を獲得し、同時に自分を説明する一文を失った。  第164回芥川賞の選考会が開かれ、宇佐見りん『推し、燃ゆ』が受賞した。 「推しが燃えた。」という一文で始まる本作は、アイドルグループの男性メンバーを推す10代の少女の一人称で紡がれる。学校での生活やアルバイトは全く器用にこなせないが、推しを推すことを自分の「背骨」だと考える彼女は、舞台を観たり、同じCDを何十枚も買って人気投票に参加したりするほか、彼のラジオでの発言などを文字に起こして「解釈」し、解釈したものをブログに記録して公開するという行為に日々勤しんでいる。  しかしとある事件をきっかけに、推しは炎上する。それでも推すことを続ける主人公の手からは、他の、一般的な意味で重要とされるような生活の一部はいよいよこぼれ落ちていく。  ごく自然に盛り込まれるSNSや炎上についての描写も含め、時代の匂いを巧妙な細工のような文で漂わせていく。そこに立ち上がるのはやはり、誰かのファンにすぎなかった小さなワタシたちが、言葉を獲得し、語る場所を獲得し、フォロワーを獲得し、誰かを推す物語を紡ぐ主体になった時代だった。  重要なのは推しているこちらであり、アイドルや、作家や、まして政治家の提供してくれる物語ではない。そして、自分が誰であるかを説明する一文よりも、誰を推すという動詞に力点がある、そういう時代。リベラルであるとかアニメオタクであるとかJKであるとかいうレッテルを嫌い、何をするかが重視されると言うととても聞こえがいいが、聞こえがいい解説というのは往々にして節穴だらけのきらいがある。  文学賞の受賞者にとびきり若い才能の名前が連なることを小躍りで喜びながら、SNSが呼び水となって大きなうねりを迎えている社会に胸がすくような、何かを見失っているような気分にもなる。  時に人を殺すほどの火力を持つSNSの荒々しさは、匿名性や瞬間風速のようなものにだけ裏打ちされているわけではあるまい。少なくとも、あまりに稚拙な批判者ばかりが溢れ、半面、あまりに批判耐性のない振る舞いが散見されるのを見ると、推しを無批判に推しまくっている間に、ワタシたちが自分の物語を小さく閉じてしまったのではないかという不安がよぎる。  まるでアイドルを推すように、国の中枢に「かわいい」と感嘆したり、トランプのアイコンにしたりするのではなく、権力や圧力への本来的な意味での批判能力を取り戻すには、せっかく獲得した言葉で、小さな自分を説明することあたりに立ち戻ってみるのもいいかもしれない。 ※週刊SPA!1月26日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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