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五輪開催は犠牲を鑑みても有り余るほど尊いものだろうか/鈴木涼美

東京駅前に表示された、五輪開催までのカウントダウン。NHKが実施した最新の世論調査では、’21年に開催予定の東京五輪について、「中止すべき」が32%、「さらに延期すべき」が31%となり、開催反対が賛成を大きく上回った。
鈴木涼美

東京オリンピック開幕までのカウントダウン(12月16日撮影)写真/時事通信社

悪女になるなら涙涸れてから/鈴木涼美

 怒られるとわかっていても、傷つき後悔するとわかっていても、欲望と共に突き進まなきゃいけない時というのが人にはあって、それなしには歌舞伎町や伊勢崎町に灯がともることはないし、ヤワなハートに針のシゲキを入れる人も太陽のシーズン以外に日焼けサロンに籠る人もいないし、援交やパパ活の名の下に未来ごと売り飛ばす人も盗んだバイクで走りだす人も、ましてAVに出る人もほぼいないと思うので、私は理性よりもどちらかというとそっちの衝動のほうを信じてはいる。  ただそれと同時に、どんな衝動を内に秘めても、理性を呼び起こさなければいけない時というのもあって、それは自分以外の人間をどれだけ傷つけるかどうかでしか見極められない。そもそも悔やんでも悔やみ切れない本気の後悔とは、自分のしたことの一番の被害者が自分自身である時ではなく、自分以外の誰かである時に感じるものだと思う。  2020年を振り返れば、春先から世界中の人の動きを停止させたウイルスの感染者の数と死者の数のグラフがウヨウヨと曲線を描き、その曲線にどれだけの人が経済的・精神的な苦境に立たされたかというニュースが続き、人や企業の命が肺炎ではない理由で尽きていくまま暮れようとしている。  各国に比べて緩やかな自粛体制と、市民らをなるべくたくさん楽しい旅行に行かせようという首相肝いりの事業を貫いてきた日本だが、米英などでワクチンの本格接種が開始される中、ひとまず旅行事業は停止をした。  ワクチンの提供開始時期は不透明なまま、政府は来年前半までに国民全員への提供をざっくりと目指し、半面、ひとまず延期された東京五輪に関して都知事は「中止はあり得ない」とキッパリ断言する。  正解のない混乱の中、旅行や五輪に突き進んでいく国や都市のトップを尻目に、市民はやや現実的に見える。NHKの世論調査では「中止すべき」「さらに延期すべき」との回答がそれぞれ「開催すべき」を上回り、老政治家のノスタルジーや女性都知事の強欲なパフォーマンスに見切りをつける人が増えつつある。  批判を受けるとわかっていても突き進むべき時が人にはあると思ってはいるが、今のその衝動は犠牲を鑑みても有り余るほど尊いものなのだろうか。そもそも誰の衝動が誰の欲望を抱えて突き進んでいるんだろうか。自分以外の誰かの被害を予測する理性は呼び起こされないのだろうか。  いかにも感性より理性って顔で旅行事業に突き進んだ首相も、長い横文字で知性派ぶって五輪に突き進む都知事も、理性を吹き飛ばす衝動に支えられた人種なのだとしたら私はまだ希望が持てるのだけど、おそらくそうではない。  民は現在を見ているが自分らは将来に備えていると意気込む彼らは、むしろ虎視眈々とした欲望に理性の皮を被せ、人を傷つける見極めをしっかりとした上で、市民の理性も衝動も無視しているように見える。  当然、そこで漠然と「将来」と呼ばれる絵図の主役は、市民ではなく自分自身だろうし、突き進んだ後に振り返って自分のつけた傷を悔やむような衝動よりも、人の傷など織り込み済みで自分の将来だけを理性的に選択する行為のほうがよっぽど罪深く信用に足らないと思うけれど、そんな存在を市民が再びトップに選出した、今年はそんな年だった。 ※週刊SPA!12月22日発売号より ’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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