ウイルスではなく政治によってこれ以上受験生の心を乱すな/鈴木涼美
’20年まで実施されていた大学入学センター試験に代わって導入された大学入学共通テストの第1回が、1月16・17日に実施される。健康観察記録の持参、追試験の実施など対策を講じてはいるが、受験生にとっては不安も大きい。
年明け早々、昔のことを思い出して年齢を感じたくないが、大学の附属高校から他大学受験をした私のような生徒的には、全然空気読んでない時期に合唱コンの練習とかがあって、受験会場でも課題曲だったゆずの「何もいらない~あなたがいる~♪」みたいな場違いな歌詞が脳内をエンドレスで駆け巡ってしまって大変だったんだけど、回想してみるに、不利だったかと言われればむしろ恵まれていた。
人は周囲がうるさく他にやることがあったほうが隙間を縫って勉強したり仕事したりするもので、小学校の2学期制導入が、期末試験前に夏休みという膨大な暇を与えるにもかかわらず、場合によっては成績下落に繫がる例は象徴的だし、おそらく外出や夜遊びの誘惑が少なかったであろう今年の受験生たちも、だからといって集中して勉強できてよかったなんて人は少ないはずだ。
ただでさえ、今回は大学入試改革の目玉として、長年続いてきたセンター試験制度が一新され、「大学入学共通テスト」が開始される変化の年。赤本や過去問など前例に頼るのが慣習の受験界において、変化は教える側も教えられる側も戸惑いが多い。
しかも英語の民間試験導入からの、身の丈に合った努力の推奨からの、やっぱり導入延期など紆余曲折があり、その度にかき乱されたデリケートな受験生たちの心中は察するに余りある。そこに一寸先は闇感満載のパンデミックとくれば、あんまりじゃないかと悲鳴をあげたくなる人も多いはずで、肩に手を置いて励ましたいけどソーシャルディスタンスのせいでそれも叶わない。
報道を見ても、正直感染拡大が続いた場合の各大学の試験がどうなるかはっきりとしたことがわからず、暇な私が調べてもよくわからないのだから、忙しい受験生が片手間で調べてもいまいちわからないはずだ。
人生は紙飛行機かもしれないけれど、人はそうそう自分に降りかかる運命を、これも経験だと嚙み砕けるものではない。今かけてあげる言葉があるとすれば、社会や世界は慣習で回っているようで、実は常にうねっているので、必要になると予測して準備してきたことが台無しになることの連続だということくらいか。
試験制度の改革や感染拡大による影響も含めた変化を経験することで、「昔の上司には『女も抱けずに一人前になれない』と無理やりノーパンしゃぶしゃぶに連れて行かれたのに、今やセクハラ呼ばわりじゃないか」と、社会人30年目のおじさんなんかが明らかな欠如を露呈している適応能力や時代を読む目というのがすでに培われたと言ってもいい。
そういえば、私が受験を控えていたころ、NYの象徴的存在だったビルがテロ攻撃によってガラガラと崩れ落ちた。その後しばらく米国は怒りと悲しみに震えることになるのだが、何より嘆かわしいのは、そこで失われた命が人間の仕業によるものだったことだ。せめて受験生の心を乱すのがウイルスであって、身の丈に合わない役職に就き、不用意な発言で制度を二転三転させる政治家たちの仕業でこれ以上乱されないことを祈る。
※週刊SPA!1月5日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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