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「巨人3連勝」の立役者はなんと「競輪選手」だった!

競輪

オリンピック種目としても注目を集める競輪(写真はイメージ)

 今月23日、「巨人3連勝」の文字がニュース配信サイトの野球欄に踊った。しかしサムネールがどう見ても野球ではない。ニュースの内容は競輪選手・林巨人(はやしなおと)が3連勝で引退したという話題を報じるものだったのだが、「巨人」という文字から配信サイト側で野球欄へ自動的にピックアップされてしまったのが真相だ。  競輪は選手数の多い競技であるため、たまにピックアップで意外なところに登場する。過去には畑段嵐士選手が新人の頃、デビューから勝ち続けて話題になった競輪ニュースが「嵐」の文字から芸能ニュースとして自動抽出され、ジャニーズ関連のニュースとしてピックアップされたことも起こっている。  だが、今回の林巨人選手の引退は競輪ファンはいざ知らず「一般人にも知ってもらいたい」感動の引退劇だったということを今回はお伝えしたい。

身長159cmの巨人はファンに愛された男

 林巨人選手は一度競輪場で見れば誰もが一発で記憶に残る選手だ。公称身長159cmのとおり、とにかく小さい。レース周回中にラインとして並んでいると、一人だけ小さい選手がいるのでひと目でわかる。なによりそのとき、中継映像や出走表でその小兵選手の名前が「巨人」と表示されているのだから覚えられないワケがなかったのだ。  さらに「巨人」はレースもしぶとかった。小兵であることを活かし、競輪のラインでは番手を回ることが多く、多くの別線ラインを俊敏にブロックする姿はまるで源義経八艘飛びのようであった。もちろん実力も備わっており、S級に長らく在籍した実力派だった。今もS級で年齢も37歳、競輪選手としてはまだまだ稼げるポジションにいたのである。競輪を取材するスポーツ紙の記者からも林選手の引退を惜しむ理由が聞けた。 「林選手は競輪選手のなかでも5本の指に入るくらい小さい選手ですが名前に違わず大きい存在の選手でした。競輪場で取材していても林選手に関して悪く言う選手は先輩後輩に関わらず見たことがありません」(スポーツニッポン競輪記者・小野祐一氏)  しかし今回、実家の家業を継ぐため引退を決断した。地元・名古屋競輪場の3日間開催の前日、競輪場入りした林巨人選手はこの開催で引退することを発表し、競輪界隈では「まだ早すぎる」と惜しむ声が広がっていたのである。

巨人3連勝は引退試合で……

 引退を発表した名古屋競輪F1シリーズスポーツニッポン杯。内容を振り返るとやはり「まだ早すぎるよ!」という言葉が出てくる会心の走りを連発させたのである。  まずは1日目の予選、同じ地区の若手・伊藤稔真選手の先行に続く番手として小兵のしぶとさを見せる。最後の直線に入るまで別ラインの仕掛けがやってこない絶好の展開であったが、直線に入るまでは差すために車を外に持ち出すだけで追い込んだのは直線から。伊藤選手を3着に残しつつ1着を獲り、残り2日間の勝ち上がりを同地区の選手で埋めてライン的優位を作る可能性を広げることに成功した。  競輪では風圧対応のためラインを強くすることが戦術上大事であり、この林巨人選手の動きはそれを見事に実践していたものだった。これは衰えたから引退するという選手のレベルではない走りでり、まだまだ現役で戦えるという印象が強く残った。  勝ち上がった2日目は準決勝は試練のレースとなった。林巨人選手の前は公務員出身で中部の中堅自力選手・皿屋豊。それに対するのは長野のスケートで脚力を鍛えた若手20歳の菊池岳仁。残り600mから、まさに火の出るような主導権争いでハイペースとなったが、皿屋選手が必死に主導権を奪い少し前に出たところで林選手が菊池選手を丁寧に弾く。さらに3番手にいた林選手の先輩、42歳の宮越孝治選手は内側から突っ込んでくる選手が出てこないようにインコースを完全封鎖。まさにラインの前、番手、3番手が教科書のようなお手本通りの仕事をそれぞれこなし、林選手は1着、これで連勝となり、翌日の決勝戦進出を決めたのである。
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3連勝の舞台裏とは……
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