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甲子園を奪われた2020年の高校球児に密着。作家・早見和真が見た世界

強豪校の球児に話を聞く意味

――あえて、私立の強豪校に焦点を当てた意味を聞いていいですか。 早見和真「『なんで私立の強豪校だけを取り上げているんだ』という批判は書いているときから覚悟していました。でも、強豪校を選んだ理由は僕の中に明確にあって、『甲子園』というものが実際に手の届く距離にある選手たちに会いたかったんです。  18年間のすべてを甲子園に捧げてきて、恋い焦がれたものを目の前で奪われてしまった強豪校の選手たちと、あくまで『夢』として『目指せ甲子園!』と言いながら練習しているチームの選手たちとでは、もちろん良い悪いではないですが、受け止め方が確実に違うと思っていました」 ――私もテレビで甲子園常連校の監督が「こういう事態になってしまったけど、目標を切り替えていけ」と言ったシーンが流れたときには、こんな未曾有な状態になって簡単に切り替えられるわけねえだろうが、と怒りを覚えました。 「選手が納得できるのかという話なんですよね。指導者である以上、子供たちの将来や人間性まで左右してしまう可能性があるという自覚を持っていてほしいんです。  誰も経験したことがない状況になっているのに、単純に『切り替えろ!』なんて言われても僕なら納得できないなって。昨日まで『甲子園、甲子園』って言っておきながら、『ハイ!切り替えろ!』ってなんだよって。でも、監督が『切り替えろ』って言ったら、切り替えなくてはいけない……。これこそ、高校野球の“従来の文法”だったと思うんです」 ――今回、済美23人、星稜27人、計50人の球児たちと触れ合う中で最も強く感じたこととは? 「僕が密着して取材している中で、ある時、済美の中矢監督から、『選手の中に早見さんみたいなのがたくさんいるかもしれないと思うと怖くなる』と言われたんです。高校時代の僕が大人の真意を見抜こうとしていたように、中矢さんは自分が選手にどれだけ見透かされているのだろうと思ったらしいんです。  僕も同じでした。選手たちはみんな大人である僕の人間性を見抜こうとしているだろうなと。結局、両校合わせて50人全員と深く結びついたわけじゃないですし、高校時代の僕のように、『俺にもっと話を聞きに来いよ』と思っていた球児は絶対にいたはずです。  それに、たとえ僕が聞きたかった言葉を彼らが吐露してくれたとしても、それは彼らが無意識のうちに、僕が望んでいる言葉だと察して吐いた言葉なのかもしれない。そんな思いを常に自分に突きつけながら、最後まで慎重に話をしてきました」

済美高校のある球児

――長年高校野球の取材をしていると、メンバーよりもメンバー外の言動が気になります。それは、私が早見さんの処女作『ひゃくはち』の影響を大いに受けた1人だからです。でも一番影響を受けたのはメンバー外の選手たちであって、彼らにとってバイブルなんだということを取材の中で知りました。全国のメンバー外の選手たちにどれだけ勇気を与えた作品だったのかは、現場に行って身に染みて感じました。 「本当ですか。実は今回の本では取り上げていないんですが、済美のある選手のお母さんからメールをいただいて、その選手の思いを知るという出来事があったんです」 ――お母さんから……ですか? 「今年の3月まで、週一回FM愛媛で番組を持たせてもらっていたんですが、その番組宛に彼のお母さんからこんなメールが来たんです。 <ウチの子は、自分のお年玉で買った初めての本が『ひゃくはち』でした。1日で読み切った後、『おかあさん、この本すごく面白いから読んで』って興奮して言いに来て、それ以来、親子で早見さんのファンでした。そうしたらあるとき、早見さんが愛媛に引っ越してきたことを愛媛新聞で知り、新聞で姿を見かけることが増えていって、これってどういう縁なんだろうと思っていました。するとある日、学校から帰ってくるなり息子が『今日から早見さんが僕らを密着するらしい。早見さんがどんどん近づいてくる!』って大興奮して言ってきて>といった内容のメールでした」 ――すごく面白い話じゃないですか。今回、なぜ彼のことを書かなかったんですか? 「いや、さすがに本筋からはかけ離れた話なので(笑)」 ――彼らとの付き合いはたったひと夏だけだったかもしれませんが、この先も彼らを追ってみたいと思いますか。 「両校合わせて50人いた最上級生の人生はここで終わるわけではないですから、これからもずっと見続けていきます。10年後、いい人生を送っていても悪い人生を送っていても、あの夏を経て辿りついていることは間違いない。だから、どういう形であろうと10年後彼らに話を聞きに行くと思います。そのとき初めて彼ら自身の言葉を聞けるのかもしれないし、まだ無理なのかもしれない……。どちらにしても、楽しみです」
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ノンフィクションへのこだわり
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1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『92歳、広岡達朗の正体』。著書に『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。

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