スポーツ

甲子園を奪われた2020年の高校球児に密着。作家・早見和真が見た世界

高橋由伸との出合い

――早見さん自身、神奈川の名門桐蔭学園で野球をやられておりましたが、1990年代半ばの高校野球、ましてや全国一の激戦区神奈川の名門校といえばいろんな意味でキツかったと聞きます。 「僕にとっては、高校以前の14歳の時に、2学年上の(高橋)由伸さんに出会った経験が凄まじかったんです。それまでの自分はピッチャーをしていてもほとんど打たれなかったし、小学6年生の頃、プロのスカウトが見に来ていたなんていうウワサも聞いたくらいでした。  圧倒的に傲慢でしたし、自分は主力として甲子園に行ってプロ野球選手になるものと本気で信じていた。そんな時に、高橋由伸という才能を目の当たりにして、この人が“ホンモノ”で、自分は“ニセモノ”なんだと突きつけられたんです。あの時の衝撃はいまだに忘れられません。  いま思えば、そのときに“ホンモノ”を見抜けた自分の眼力は評価してあげたい。このことを、先日、対談で会った由伸さんに言ったら大笑いされたんですけど。実際、自分のニセモノ性に対してもっと傷ついていた可能性もあったと思うんです。  しかし、こと野球に関しては由伸さんがホンモノであり続けてくれたことは、あのとき絶望した僕にとっては救いでもあったんです。だけど、もう一方で“高橋由伸”と出会ったぐらいで心が折れて絶望してしまった当時の自分自身に対して、今の僕は失望するんです。由伸さんがいようがいまいが関係なかった。  自分の野球を真摯に全うしてプロ野球選手を目指すべきだったという悔いがあります。僕の人生の中でプロ野球選手に匹敵するほど憧れたのが小説家なんですけど、この世界もやっぱりこの世界の高橋由伸だらけなんですよ。  他の小説家の本を読むたびにショックを受け、打ちひしがれ、自分のニセモノ性に毎度失望する。それでも、あの14歳のときの後悔を繰り返すわけにはいかないので、この業界の高橋由伸とどう戦っていくか。それが、この12年の間やってきたことだったと本気で思っています」 ――今の話がすごすぎて何も言えません。僕なんかは自分の偽物性もわからず、この業界の怪物たちと戦うために自分で“天才だ天才だ”とただ鼓舞しているだけです。早見さんの話を聞いたら恥ずかしさだけがこみ上げてきました。 「14歳の経験がなかったら、少しは勘違いして自分をホンモノだと思えていたかもしれません。昨年、憧れだった山本周五郎賞を取ったときも、もう少し満たされるかなと思ったんですが、ひとつも自分を認めることができなかった。  山本周五郎賞を貰うレベルの小説の実力より、14歳までの野球の実力のほうが僕の中で遥かに上にある感覚なんです。遥かに上にあると思っていたものが実はニセモノだったという経験をした僕は、何があっても満たされる瞬間は来ないんじゃないかなと思い続けています」

高橋由伸に公立高校の指導者を……

――そこまで断言してしまうと、今後どうしたい、どうなっていきたいのか……思いを聞きたいです。 「この戦い方を死ぬまで繰り返すんじゃないですか。でも、いつか『この作品を書けたからやめてもいい』と思える瞬間が来るかもしれない。もしそんなものが書けたら、胸を張ってやめればいいんです。そして傲慢な自分に戻っていけたら楽になる。人間的には僕は間違いなく傲慢な人間ですから。でもそんな作品はどうせ書けないから、望まれるうちは書き続けるんでしょうけど」 ――早見さんだったらきっと満足の行く作品を書けると思うので、その後何をやりたいのか興味があります。例えば、指導者とかってどうでしょうか。 「興味あります。すごくあります。唯一あるかもしれません(笑)。野球に限った話ではないですけど、今の僕が唯一、わずかだとしても鞍替えしてもいいと思えるのは、指導者や教育者ですね。でも、実際にやってみたらイライラして『勝手に練習やっとけ』なんて言い出す指導者になるんでしょうけど(苦笑)。そういえば、先日の対談の時に由伸さんに、地方の公立高校の指導者になってほしいって言ったら苦笑いしてましたけどね」 ――高橋由伸が監督の公立高校の野球部……それは見たい! 「ですよね(笑)」
早見和真 松永多佳倫

早見和真氏、松永多佳倫氏による対談は大いに盛り上がった

1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『92歳、広岡達朗の正体』。著書に『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。

92歳、広岡達朗の正体92歳、広岡達朗の正体

嫌われた“球界の最長老”が遺したかったものとは――。


確執と信念 スジを通した男たち確執と信念 スジを通した男たち

昭和のプロ野球界を彩った男たちの“信念”と“生き様”を追った渾身の1冊

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