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元暴走族講師・吉野敬介「受験はくだらないが、勉強しすぎて後悔する人はいない」

 林修氏をはじめ、予備校の“カリスマ講師”がテレビなどのメディアで注目されるようになって久しい。現在は就職して会社員として働く人たちも大学受験の際は、予備校講師たちの個性豊かな授業のお世話になったはずだ。  リーゼントがトレードマークの元暴走族と聞けば、古文講師の吉野敬介氏を思い浮かべるかもしれない。24歳の時に史上最年少で代々木ゼミナール(代ゼミ)の講師になると、授業中のユニークな“雑談”など、独特のキャラクターで人気を博す。多数の受験対策本を出版するなど、16年間にわたってカリスマ講師として地位を築いた。
吉野敬介

元暴走族の特攻隊長で古文講師の吉野敬介氏

 その後、東進ハイスクールに移籍。東進でも代ゼミ同様、13年間トップの道を走り続けたが、2020年3月で契約を合意解約……。現在54歳、吉野氏は今、どうしているのか?

授業中の名物“雑談”が誕生したワケ「古文はつまらないから(笑)」

 吉野氏は元暴走族の特攻隊長で、高校をギリギリ卒業したという。その後、中古車販売店に就職し、トップセールスマンまで上り詰めたが「いつまでこの仕事をやるんだろう?」と自問自答する日々が続いたこともあるという。 「20歳の9月下旬の時に失恋したのをキッカケに『大学に行こう』と一念発起しました。そして、最年少の24歳で試験に合格して代ゼミの講師になったのですが、自分でもびっくりするスピードで人気が出ましたね」  吉野氏の授業は“雑談”が人気の一因にもなっていたが、授業自体は「至って普通ですよ」と語る。 「暴走族という過去があるぶん、ちゃんとしようと。邪道的な授業をすれば『あ、やっぱりあの先生、元暴走族だから』と見られてしまうから、暴走族は暴走族らしい授業はしないと心掛けました(笑)。ただ、どちらかというと古文ってマイナーな科目だし、つまらないんですよ。だから生徒に飽きさせないように、90分授業に10分くらいの雑談を入れていただけ。  例えるならば、プロ野球選手のカードがオマケで付いてくるポテトチップス。授業がポテチで雑談がカード。もしも雑談目当てに受講したとしても成績が伸びるキッカケになればいいなと」  順風満帆だった講師生活だったが、転職を考えるようになる。熟考の末、16年間勤めた代ゼミを辞めた。 「講師という仕事に飽きてしまったところもありました。トップを維持して、その先に何があるのか。暗中模索するなかで、僕はいずれ教育を無償化にしたいと考えたんです。それが政治の世界でなんとか実現できないものかと。2007年の参議院選に自民党からの要請で出馬予定でしたが、第一次安倍政権で年金問題などがあり、出馬を断念せざるを得ませんでした」  カリスマ講師から一転、無職になってしまう。先行きが見えないなかで吉野氏を救ってくれたのが、かつての教え子たちだった。 「散々『兄貴!』『吉野さん!』などと慕ってきた後輩や同僚の講師のなかには、僕が代ゼミを辞めた途端、離れていく人もいて。一方、大変な状況だからこそ、助けてくれる人もいました。そこで、人の本質が見えましたね。それで、個別指導の吉野塾を設立することになったのですが、昔の教え子で塾講師になった子や大学生、大学院生たちが集まってくれて『吉野塾で先生をやりたい』と」

東進ハイスクールからスカウト「大リーガーなのに高校野球に誘われているような感覚」

吉野敬介 そして2008年、再び転機が訪れる。吉野塾では講師から退いていたが、東進ハイスクールの英語講師であった安河内哲也氏から「うちにこないか?」と誘いを受ける。 「正直、俺も落ちぶれたなって(笑)。今では考えられないかもしれませんが、当時、代ゼミは最大手だったけど、東進はまだまだ世間に知られていなかった。  例えるならば、東進からのスカウトは、大リーグの4番バッターなのに、高校野球に誘われているような感覚でしたね」  吉野氏のもとには2007年秋頃より、大手予備校から沢山のオファーがあったという。だが、東進の永瀬昭幸社長の「絶対、東進は1番になる!」という熱い説得に「負けた」と笑う。 「当時、代ゼミは東京や大阪などの全国主要都市に24校しかなかったけど、東進は約1000校の衛生予備校(フランチャイズ)があったのも決め手でした。より沢山の人に授業を聞いてもらえることに魅力を感じて」  東進ハイスクールは授業のオンデマンド配信に以前から注力しており、永瀬社長の読み通りに大きく成長を遂げた。そして、吉野氏は2020年まで13年間トップ講師として活躍を続けたのだった。
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