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小山田圭吾の“いじめ自慢”と、90年代鬼畜ブーム。なぜ彼は間違ったのか

薬物や不倫とは次元が違う

   実際のいじめエピソードはもちろん、こうした耐え難い軽さを感じたからこそ、ネット世論も一斉にNOを突きつけたのでしょう。それは、野次馬根性からくる“ネットリンチ”とも違う。小山田氏の“汚点”は、25年以上経った今も、本質的で決定的な拒否感を呼び起こすほど、むごたらしいと言わざるを得ない。  違法薬物や女性問題などが報じられるたび、ミュージシャンの作品と人格についての論争が巻き起こります。ところが、今回の小山田氏については、そうした形で擁護する人がほとんどいません。  やはり、これは次元の異なる、実際的な悪として処理すべき問題なのでしょう。   <文/音楽批評・石黒隆之>  
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
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