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岸田首相が政治家になったのは「差別」問題がきっかけだった

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第273回

岸田首相の目指す理念

 今月4日に自民党の岸田文雄総裁が第100代目の内閣総理大臣に就任しました。岸田首相は就任会見で自身の内閣を「新時代を共につくる新時代共創内閣」と表現し、「新しい資本主義の実現」「成長と分配の好循環」「成長なくして分配なし」といったコンセプトを掲げました。  こうしたコンセプトは昨年出版された彼の著者『岸田ビジョン』(講談社)でも言及されていて、その目指すところは「分断から協調」「対立から協力」であるとしています。

アメリカで経験した差別

インターナショナルスクール

写真はイメージです

 こうした理念を持つようになったきっかけの一つが、子供時代にアメリカで経験した人種差別です。1963年に父親の仕事の都合でニューヨークに移住した岸田首相は、小学校1年生から3年生までの3年間を現地のパブリックスクールで育ちました。クラスには白人、黒人、インド人、韓国人など様々な人種の子供たちがいて、教室の壁には「差別は駄目ですよ」という標語が貼られていたと言います。 「差別は駄目だ」と書くのは、そこに差別が存在するからです。クラスで動物園に行った際、「二列に並んで隣の人と手を繋いで」という先生の指示に従おうとした岸田首相は、隣にいた白人の女の子に手を繋ぐのを拒まれました。最初は意味がわからなかったものの、すぐに自分が差別されていることに気づいたと言います。その時のことについて、彼は次のように振り返っています。 「分け隔てなく遊んでくれる白人の子がいる一方で、動物園で手をつなぐことを拒否したあの一瞬の表情が記憶から拭えません。 やや大仰に言えば、このことが、私が政治家を志した原点とも言えます」。  やる気や心構えは人間関係を意識した時に生まれます。単にお題目として「差別はよくない」と唱えても、そのために行動できるようにはなりません。誰かを相手にして自分自身が経験したり、他人の体験談に共感するからこそ、その時に込み上げてきた感情がエネルギーになって行動できるようになります。岸田首相はそれを小学生のときに経験したのです。
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行動する友人の影響
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