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中国侵略に加担した贖罪意識。岸田総理は大平正芳の哲学を学べ<東京工業大学教授・中島岳志氏>

―[月刊日本]―

非武装中立論と同じく非現実的な議論

中国―― 日本で反中ナショナリズムが強くなっています。林芳正外相が中国の王毅外相から訪中の要請を受けたことを明らかにしたところ、自民党内から慎重な対応をとるべきだという声があがりました。また、保守派の一部では、「岸田政権は親中派だ」といった批判までなされています。 中島岳史氏(以下、中島) いわゆる保守派は事あるごとに「左派は外交安全保障のリアリズムがわかっていない」などと批判していますが、彼らのほうがよほどリアリズムを欠いているように感じます。アメリカの力が落ち、中国が台頭する現状を踏まえれば、中国との関係を考慮せずに日本の国益を守ることができないのは明らかです。  冷戦崩壊以降、アメリカは世界の警察官として振る舞うようになり、同時期にフランシス・フクヤマが『歴史の終わり』を出版し、世界は今後アメリカ的な価値観によって統合されていくというヴィジョンを打ち出しました。しかし、9・11を境にアメリカのプレゼンスの低下は誰の目にも明らかになり、オバマ政権時代になると、ついにアメリカは世界の警察官から撤退することを宣言しました。  この間、日本は一貫してアメリカ追従の立場をとってきました。安倍晋三元総理も自らの歴史認識を封印し、靖国神社への参拝を控えてまで、アメリカに付き従っていました。  しかし、日本がどれほどアメリカの顔色をうかがおうが、世界のパワーバランスが変化しているという事実が変わることはありません。そのため、日本の安全を守っていくには、アメリカ一辺倒の姿勢を改め、中国を含むアジア諸国との関係を強化することで、中国をソフトランディングさせるしかないのです。  すでに安全保障に精通する政治家たちの間では、こうした議論が行われています。その筆頭が自民党の石破茂さんです。石破さんは日米同盟だけに頼るのではなく、東アジアにネットワーク型の安全保障システムを作るべきだと主張しています。東アジアには日米同盟や米韓同盟、米豪同盟など、アメリカをハブとする様々な安全保障の枠組みがあるので、これらを緩やかに統合すべきだというのが、石破さんの考えです。これこそリアリズムと言うものでしょう。  日本政府の中にもそのことに気づいている人たちはいると思います。実際、菅義偉前総理が最初の外遊先として選んだのはベトナムとインドネシアでした。アメリカだけでなく東南アジアとの関係を強化することで、中国を友好的に牽制する戦略だったのだろうと思います。  そういう意味では、日本の外務大臣が中国の外務大臣と会談しようとするだけで「親中派だ」と批判するのは、あまりにも現実が見えていないと言わざるを得ません。冷戦時代に左派が唱えていた非武装中立論と同じくらい、非現実的な議論です。

戦前の右派の議論を無視する保守派

―― 保守派の中には「中国との対話を重視するような連中は左翼だ」といったレッテル貼りをしている人たちもいますが、中島さんが『アジア主義 西郷隆盛から石原莞爾へ』(潮文庫)で詳細に論じているように、戦前の日本では右派こそが中国との関係を重視していました。現在の保守派はその歴史を継承していないように見えます。 中島 19世紀末から20世紀初頭の日本では、アジアとどのような関係を結ぶかということが真剣に議論されていました。これはアジア主義と呼ばれ、頭山満や大川周明、内田良平など、右派と呼ばれる人たちによって主導されていました。  今日の保守派たちはこの事実を無視しています。戦後の日本がGHQの方針に従って戦前の教科書を黒塗りしたように、戦前の右派の歴史を黒塗りしてしまっているのです。  むしろ、戦後の日本でアジア主義に真正面から取り組んだのは、竹内好のような左派の人たちでした。  竹内はアジア主義を三つの類型に分類しました。一つは、「政略としてのアジア主義」です。これは、アジア諸国を日本の安全保障のための政略的な空間や資源獲得の場と見なす立場です。戦前の日本がとったような、「ロシアの脅威に備えるためには、朝鮮や満州を勢力下に置かなければならない」、「資源のない日本が生き残るためには、アジア諸国の天然資源を押さえる必要がある」といった功利的論理は、政略としてのアジア主義にあたります。  二つ目は、「抵抗としてのアジア主義」です。これは「国内の封建制や国際的な帝国主義によって苦しめられているアジアの民衆を救わなければならない」という義侠心に基づくものです。竹内は、初期の玄洋社やインド人革命家ラース・ビハーリー・ボースを匿った新宿中村屋の相馬黒光などの心情にアジア主義の可能性を見出し、「アジアの民衆的連帯に基づく封建勢力・帝国主義勢力への抵抗」の論理を読み取っています。  三つ目は、「思想としてのアジア主義」です。これは岡倉天心に代表されるものです。天心は『東洋の理想』の冒頭で、「アジアは一つ」と宣言しました。一見するとアジアはバラバラで、中国は儒教の国、インドはヒンドゥー教の国といったように、統一性がないように思われます。しかし天心は、それは一つの真理に至る道筋が異なっているだけだと考え、これを「不二一元」と表現しました。  竹内からすると、戦前の大東亜共栄圏は「政略としてのアジア主義」の帰結でした。「抵抗としてのアジア主義」や「思想としてのアジア主義」が見失われ、「政略としてのアジア主義」に乗っ取られたために、大東亜戦争の悲劇がもたらされたのです。  戦前のアジア主義が提起した問題は、今日の私たちにとって非常にアクチュアルな問いかけとして迫ってきます。私たちはいまこそアジア主義を検証し直す必要があります。
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大平正芳の「楕円」の思想
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げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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