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「相手が嫌がる言い方」をやめようとしない人々の傲慢な精神世界とは

相手からの「NO」を察することが出来ない人々の不可思議な精神世界とは

「傷つくほうが悪い」と本気で思っているモラハラ加害者たち

  DV・モラハラ加害者が、愛と配慮のある関係を作る力を身につけるための学びのコミュニティ「GADHA」を主宰しているえいなかと申します。  僕自身もDV・モラハラ加害者です。そのせいでたくさんの人を傷つけ、仕事や家庭が破綻寸前になり、ようやく自身の加害行為、それを生み出す加害的な思考・価値観を自覚しました。現在は日々自分の言動を改善しながら、妻と関係を再構築させてもらっています。  この連載では、僕自身の経験や当事者会での気づきを共有していきます。職場や家庭でモラハラに苦しんでいる方々、無自覚に加害を行っている方々の参考になれば幸いです。  加害者にはさまざまな人がいますが、共通点もたくさんあります。そのひとつが「やめてほしいが通じない」というパターンです。  我が家では、よく酔っ払った父が母親に絡み、出先で飲んだら帰りは母の運転にいつも文句を言っていました。「へたくそだなー」「ほらっあぶない!」「ちゃんと見ろよ」など、非常に陰湿で嫌味な言い方をよく聞いていました。  子どもだった僕たちは「ああ、また始まった」という風に目配せをして、その嫌な雰囲気の車が早く家に着くことを願うばかりでした。他の兄弟はどうだったかわかりませんが、少なくとも僕にとっては非常に嫌な「頻繁に起きること」でした。

何の生産性もない発言をやめようとしなかった父

 母はそれに反論をしていましたが、父のその加害がなくなることは一度もありませんでした。父がそのような加害をしていることを認めることも、謝ることも、一度も見たことがありません。「そういう言い方はやめて」といくら母が言っても、そして子供である僕たちがそれを言っても、何の意味もありませんでした。  そもそも酔っているときの発言だから忘れていたのかもしれません。みんなが嫌がるようなことをしてしまう飲酒をやめよう、とは思わなかったのでしょう。「お酒を飲むのが大好きな父」は、家族のさまざまな犠牲の上でお酒を飲み続けていたことを、いまだに気づいてもいないのかもしれません。 「嫌だからやめてほしい」が通じない家というのは悲惨です。そして、そのような悲惨な家がたくさんあります。もちろん、嫌だということの全てをやめることが現実的でないことは認めますが、しかし「いくら嫌だと言っても改善されないこと」がたくさんあったのは事実です。  別に料理をするわけでもないのに冷蔵庫を開けては「またこんなの残しておいて」「うわっ、これもう腐ってる」「もう少し整頓しろよな」「もったいない、これも食べないで捨てちゃうんだ」なども父はよく母に言っていました。  母はそれを嫌がっていたし、それを明確に伝えていましたが、父がそれを止めることは決してありませんでした。その嫌な言い方、口調、そのときの家のピリっと不快さが走る雰囲気が、いつも嫌でした。
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「相手の嫌がることをしない」というシンプルなことができないのは何故か
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