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菅首相退陣へ。衆院選を前に有権者は自らの責任を省みよ

菅首相は9月3日に「コロナ対策に専念」することを理由に自民党総裁選への不出馬を表明。9日の会見では「国民が安心と希望を持てる未来に道筋ができた」と自らの実績を誇った
鈴木涼美

写真/時事通信社

涙のリクエスト

 カメラの前で本気で泣けるのはS級、わざと泣けるのはA級、泣けない奴はB級だ、とはとあるAV監督が勝手に作ったAV女優論だが、昔のAV現場では確かに突然泣き出すAV女優というのが結構いた。  制作側はそれを歓迎し、「みんな涙でヌクんだ、もっと泣け泣け」とカメラをしっかり回しながら煽る。涙というのは何か男にとってヌキどころになるくらいは特別な思い入れのあるものらしい。  もしAV女優だったら私と同じ典型的なB級女優だったであろう菅義偉首相が17日告示の自民党総裁選への不出馬を改めて表明し、コロナ禍で誕生した政権はわずか一年で退陣することになった。横浜市長選での派手な敗北の後、人事刷新や衆院解散などが次々検討されたが、決定的な打開策はなかったようだ。  総裁選ではすでに出馬を表明している岸田・高市・河野の3氏に加え、野田聖子氏や石破茂氏の動向が注目される。ワタシ的には2012年の総裁選決選投票で、1回目の投票で他を圧倒した石破氏が勝っていた場合、つまり安倍ロング政権が誕生しなかった場合の日本の姿を想像することが多いのだが、石破氏本人は慎重な姿勢とも伝えられ、なんとも言えない。  菅首相の一年間を振り返ると、批判の多かったGoTo事業や度重なる緊急事態宣言、そして五輪の強行が確かに目につき、「自助・共助・公助」の信念も、コロナ禍で疲弊する街には、叩き上げ系の権力者にありがちな、俺だって苦労したんだから的な、冷たい態度のように響いた。  ただ、日本の構造的な問題を加味すればコロナ対策で劇的な成果を上げるトップというのは想像しにくいのも確かで、マスクを送ってきた前首相の方がマシだったわけでもないし、不妊治療への保険適用拡大に動いたことや、デジタル化推進、温暖化対策など実績を見ても、前政権にそう見劣りするとも思わない。今回、延長された緊急事態宣言で解除の基準を医療の逼迫度合いを重視するものに見直したことも、妥当な判断だと言える。  菅首相に迫るドキュメンタリー映画『パンケーキを毒見する』では「自分で答弁できない総理が国民に自助を説くんじゃないよ」という印象的な野次が切り取られていたが、頑ななまでの答弁下手、虚ろで聞き取りにくい喋り、サービス精神や伝達力の放棄が政権を早々と終わらせた一番の原因であったのだろうとは思う。  それでポピュリストしか勝たんという空気に拍車がかかれば政治の劣化に歯止めはかからないが、せめて話し上手の側近をうまく使うなど、国民の理解を得るためのコミュニケーションは重視すべきだった。  個人的には身を引く選択肢を進言したとされながら、「一年間でこんなに仕事をして結果を出した政権はない」と、首相の不出馬表明後に語った小泉進次郎環境相の涙が気に障る。そんな、AV女優だったらブレイク必至の愛され力を発揮するのであれば、退陣が決まる前に、閣僚としてコミュ力不足の首相と国民の間に入って橋渡しをすれば良かったわけで、彼が菅人気を繫ぎ留める役割を担った記憶は全くない。  AV女優の能力と大差ないようなものが政治家の人気を左右するような、政策と表現力双方を重視できる政治家が育たないような土壌を一掃する責任は、衆院選を控えて、大いに国民にあるだろう。 ※週刊SPA!9月14日発売号より ’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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