問題山積の角界を背負い続けた大横綱の引退に祝福を
大相撲史上最多45回の優勝を果たした横綱白鵬が9月30日に現役を引退。10月1日の会見では「鬼になって勝ちにいくことこそが横綱相撲だと考えていました」「周りのみなさんや横綱審議委員会の先生などの横綱相撲を目指したこともありましたが、最終的にその期待に応えることができなかったかもしれません」と語った
社交界での礼節を学びたいとかいう目的がないなら、個人的には銀座よりも歌舞伎町のほうが働くには自由度が高くて楽しい街だと思っているのだけど、23歳で銀座に移って一番良かったことは、お相撲を観に連れ出してくれるお客が結構いたことだった。
太った客に誘ってもらって初めて国技館に入った時には、当時大関の白鵬が初優勝をしたばかりで勢いがある、とかなんとか解説された気がする。
好きだった千代大海が見られたのも嬉しかったけど、一人横綱だった朝青龍の、太った客に言わせれば「強いけど態度にかわいげがない」若干不遜な顔つきが眩しくてすっかり好きになり、彼が引退してしまうまでは割と熱心に相撲を見ていた。
程なくして彼が夏巡業に参加せずサッカーをしていたとかガッツポーズをしたとかいう報道が増え、横綱の品格という言葉がよく聞かれるようになっていったが、私的にはサラブレッドで優等生顔っぽい白鵬よりも朝青龍をひいき目で見ていた。
2010年に千代大海が引退し、ついに朝青龍も様々な問題と批判の中で引退してしまうと、私はニュースでしか相撲を見なくなっていた。
白鵬が一人横綱となった年から、角界は何かと揺れており、大関の琴光喜が解雇となった野球賭博問題では他にも多くの力士が謹慎処分になったし、翌年に発覚した八百長問題では大阪場所が中止となった。2012年には同じモンゴル出身の日馬富士が横綱となるが、彼も後に傷害事件の責任をとって引退した。
目立って報道される相撲関連のニュースは不穏なものが多い中、時々ある明るい話は、白鵬が何かの記録を更新したとか、歴代最多勝を達成したとかいうものだった。当時勤めていた新聞社のオフィスではNHKが常についていたのだけど、仕事中に横目で見る限り、大きな問題に揺れている時でも白鵬が動揺を見せずに淡々と勝ちを重ねている姿が印象に残っている。
私の目には不良っぽい朝青龍に対して真面目そうに見えた白鵬も、角界や相撲通的にはいろいろと目に余るところや問題があったらしい。引退後の報道でも、荒っぽいかち上げやインタビュー中の三本締め問題などを振り返り、品格に問題があったという指摘はよく見る。
年寄「間垣」の襲名に当たっても協会が契約書を用意するという異例の形となったようで、一般の声など見ても、アンチ発言もあれば、逆に協会の人種差別だという意見もある。
個人的には、強すぎるものに対して過度に警戒するのは角界に限らず日本企業などで見られる体質だし、ここ10年余の数多の問題を鑑みて影響力の強い者の振る舞いをより厳しく引き締めようという姿勢にも思えるので、多少の異例の手続きはのみ込んでもいい気はする。
それよりも、しばしば目にする日本的な横綱像の理解、といった表現が不可解だ。昔の人はどうか知らないが、今どき別に日本に生まれ育ったところで、横綱の品格のなんたるかを自然に学ぶ機会などほぼないわけで、多くの日本人力士たちも相撲を本格的に始めたり部屋に入ったりしてから学び理解するんじゃないか。
外国出身の力士に太刀打ちできる日本生まれの力士がなかなか育たなかったことを残念がるのは構わないが、日本の相撲に魅力を感じて遠い故郷を離れ、歴代最長の14年間も問題山積の角界を背負った上に、日本人となって後進の指導にあたらんとしている稀代の大横綱の引退にはもっともっと祝福が漂って良い気がする。
深刻な少子高齢化に直面し、経済成長も停滞中の国を、才能あふれる若者が選んでくれる、なんていうことは今後あんまりなくなるかもしれない。
※週刊SPA!10月5日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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