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1億円の「手切金」で公文書改ざん問題を幕引きする隠蔽国家

 森友学園への国有地払い下げ問題で、決裁文書改ざんを苦に自殺した財務省近畿財務局の元職員・赤木俊夫さんの妻雅子さんが国と同省理財局長だった佐川宣寿元国税庁長官に損害賠償を求めていたが、国は自殺に対する損害賠償責任を認めた。  鈴木俊一財務相は同省で記者会見し「精神面、肉体面で過剰な負荷が継続し、自死に至ったことについて国の責任は明らかとの結論に至った」と説明したが、賠償金に1億円超の税金が使われることにも批判が集まっている。
鈴木涼美

鈴木俊一財務相 写真/産経新聞社

惰性のディストピア

 諫山創の漫画『進撃の巨人』の設定で最も重要で最も恐ろしいのは、壁の中に住むエルディア人たちが、過去の王による記憶の改ざんを経て、壁外の人類は滅亡したと思い込んでいるところだ。  歴史の書き換えや上層部によるプロパガンダこそが人の争いの震源であるという思想はその後も作品を貫いており、教えられた歴史を信じ込む子どもたちがどのように成長するかについても、最大限の皮肉をもって表現される。  賢者は歴史に学ぶと教わったところで、その歴史自体が権力者によって好き放題いじられ、嘘だらけのものになっているのであれば、賢者もビスマルクもお手上げだ。 「森友」改ざんを苦に自殺した財務省近畿財務局元職員の妻が国と同省の元理財局長に対して損害賠償を求めている裁判で、国側が一転、賠償金1億1000万円を全額支払う意向を示した。  これによって少なくとも国を相手どった裁判は終わってしまうことになり、法廷での証拠開示や当事者の証言など、妻の求めてきた真相解明は極めて困難となる。  国は今回の判断を「いたずらに訴訟を長引かせるのは適切ではない」などと説明しているが、翻訳すれば、自殺の賠償責任を認めるから、これ以上改ざんについては突っ込まないでほしいということだろう。
鈴木涼美

写真/産経新聞社

 時を同じくして、国土交通省が建設業の受注実態を表す国の基幹統計を無断で書き換えていたことがわかった。国の指示を受けた都道府県の職員らが書き換え、受注状況が水増しされていたことになる。  この統計はGDP算出にも参照されるものである。3年前には、厚生労働省所管の毎月勤労統計をめぐる不正問題が発覚し、強調されていた賃金上昇が架空のものであったことに多くの市民が腰を抜かした。  財務省、国交省、厚労省など我が国の碩学らしき人々が働いておられる霞が関では、マリオのコスプレとチンケなマスクの配布が得意な元首相の号令のもと、壁の内側の愚民たちの歴史を改ざんすることが常識だったのだろうか。  自殺した元職員は生前、同じマンションの住民らに「私の雇用主は日本国民なんですよ」と公務員の矜持を誇らしげに語っていたという。  現場の職員が当たり前に持っていたその感覚は中枢にいけばいくほど薄まり、「雇用主」たる市民たちは消しゴムとペン先一つで欺かれ続けた。  恐ろしいのはそのような情報のカケラを得てなお市民は目と耳を塞いで政権政党に支持の票を入れ続けていたことで、これは巨人の力で記憶を改ざんされ、壁の外の情報を得る手段一切を奪われていたエルディア人たちよりよほどタチが悪い。  エルディア人たちは権力中枢の妨害に追い詰められながら、わずかな手がかりを頼りに自分らの歴史を取り戻そうと戦ったが、それでも多くの命と細やかな幸せが失われた。  今のところ、戦いを放棄している市民たちが失うのは何だろうか。 ※週刊SPA!12月21日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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