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過去を改ざんするのではなく、未来を変える転機の一年であれ

コロナ禍の’21年は、小田急線・京王線車内での刺傷事件、そして12月17日に大阪・北新地の精神科・心療内科クリニックで25人が死亡した放火殺人事件など、社会から取りこぼされ、孤独と絶望を抱えた末の無差別事件が多発した。日本に危険信号がともる今、政治や教育による真の意味での「変化」が求められている
鈴木涼美

写真/滝本淳助

日出処の転機

シナトラの「That’sLife」はdieと不穏な一語で終わる。夢を踏み躙られたり、地に突き落とされたりして、もうやめてしまおうと思っても、何とか這いあがろうとするのが人生だとわかっている。頑張る価値がないと思っていたならとっくに鳥に乗って飛び去っていた。この7月に何も番狂わせや感動がなければ、もう死んでやる。 映画『ジョーカー』でこの曲は何度も使われる。ホアキン・フェニックス演じる主人公が最後に口ずさむのもこの曲だ。 ジョーカーを模したスーツ姿の男が走行中の京王線車内で乗客を刃物などで襲い、17人もが負傷する事件が起きたのは昨年の10月31日、ハロウィンの夜だった。その約3か月前の8月6日には小田急線車内で10人が被害に遭う刺傷事件があり、そして年末には大阪・北新地のビルで、25人もが死亡する凄惨な放火事件が起きた。 1万5000人以上が命を奪われた東日本大震災から10年だった昨年、世界の累計死亡者数が500万人を超えるコロナ禍に、不気味な人災が記憶に残る。歌舞伎町で起きた殺人事件の容疑者の報道で、新宿東宝ビル付近にあてどなくたむろするトー横キッズという言葉も話題を呼んだ。全国の自殺者数は11月まででも1万9000人を超える。 社会学者の山田昌弘が著書『希望格差社会』で、「負け組」が這い上がる希望すら持てない状況に警鐘を鳴らしたのはすでに17年前だ。 2019年の川崎市の無差別殺傷事件の折に、ワイドショーやSNSでは「死ぬなら一人で」なんて言葉が飛び交ったが、家族環境や収入だけでなく希望の数まで絶望的な差ができた時、人は鳥に乗って飛び去るなんて幻想的な消え方はしないだろう。 死刑を自殺に利用しようとする犯罪も目立つ中、死刑制度について改めて考え直すことも意味があるだろうが、世界的な廃止傾向とは裏腹に、日本の報道や討論でテーマになることすらあまりに少ない。 死刑制度に限らず、この「変わらない」という実感が、この国の絶望の最も大きな構成要素のような気もする。産業構造から、同性婚や選択的夫婦別姓、役所の文書のデジタル化まで、バブル崩壊以後の日本が最も苦手としてきたのが「変わる」ことだ。 政治の中枢にいる豊かだった時代の申し子、というか申し爺たちは、豊かな時代にしがみつくあまり、変わらない、変わらないと念じ、とっくに崩壊の始まった社会で目と耳を塞ぐ。現状から目を背けながら、印鑑を押してファクスを送信し、いつまでも変わらぬ愛を歌う。 新たな一年が始まったが、いまだ「どこにも行けない」コロナ禍だからこそ、「何も変わらない」だろうという絶望が、他者や自分を殺すほどに膨らむ状況は続くだろう。 政権の担い手を「変える」ことも必要だが、未来を「変える」のは教育だ。別に起立・礼くらいしたっていいが、誰にとっても退屈な横並びの「平等」教育を脱し、現場の自由を拡大すれば、現状が不利であっても「いつか変わる」希望と「自分で変える」力を育てられる教師は少なくないと思う。 2022年を「変わる」転機にできるかどうか。少なくとも、統計不正や公文書改ざんで過去を変えている場合ではない。 ※週刊SPA!1月4日発売号より ’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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