更新日:2022年05月10日 21:04
エンタメ

花束のような若かりし恋を、今になって思い出すアンチテーゼ的作品/明石ガクト

花束のような若かりし恋を、今になって思い出す、アンチテーゼ的作品

動画オーバードーズ

©2021『花束みたいな恋をした』製作委員会

 静岡出身だけど「さわやか」にそこまで思い入れはない、明石ガクトだ。  先週、ずっと目を背けていた映画に遂に向き合った。劇場公開当時、ツイッターも僕の友人たちもこの映画をネタに随分盛り上がっていた。  ヒロインが『人生の勝算』を立ち読みする彼氏に絶望する場面が最高、という話を熱く語る親友(38歳独身・広告クリエーター)の話を聞いて、かつて「サブカル」という言葉で括られるいろいろな何かを愛していたのにそれを楽しむ余裕をなくしてビジネスに邁進している僕らへのアンチテーゼのように感じて、踏み絵をさせられるのを避けるようにこの作品とは距離を置いていた。  でも同じ脚本家の『大豆田とわ子と三人の元夫』がとても良くて……この映画がオススメ作品に表示され続けて……出張先の夜眠れなくて……いろんな理由が混じり合い、遂に僕は『花束みたいな恋をした』を観てしまったのだ。

何もなかったあの頃の自分に

 この映画のタイトルは、劇中で語られる「女の子に花の名前を教わると男の子はその花を見るたびに女の子のことを思い出す」というフレーズを集約したものだと僕は思う。大人になりたての20代前半の恋愛は特別だ。10代の頃より格段にできることや行動範囲は広がり、何をするのもどこへ行くのも初めてなことばかり。  いろんな「初体験」を共にできた恋は、まるで腕いっぱいに抱えた花束のように人生の中で大きな存在だ。だけどそれは根を張ることもなく、ドライフラワーにもならず、自分の前から消え去ったように思えてしまう。でも日常のふとした瞬間に、自分の言動や行動のベースに確かにその花束は宿っている。ああ、そうか。僕がこの映画を避けていた本当の理由は、あの頃の自分に向き合うのが怖かったからなのか。  お金もコネも実力も何にもなくて人生に勝算なんてなかったあの頃の自分に。『週刊SPA!』じゃなく『クイック・ジャパン』をカッコつけて買っていたあの頃の僕と彼女が今の僕をつくっている。それを思い出させる、最高の恋愛映画です。 ●『花束みたいな恋をした エモみ★★★★★、つらみ★★★、しんどみ★★★★(5点満点) 「押井守、JACK PURCELL、今村夏子、そして天竺鼠。これらの言葉に反応してしまった大人は今すぐ観るべし」
’82年、静岡県生まれ。上智大学卒。’14年、ONE MEDIAを創業。近著に『動画の世紀 The STORY MAKERS』(NewsPicks Select)がある

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