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「男性が妊娠・出産」する物語から考える、無自覚・無意識の偏見/明石ガクト

男性の妊娠・出産という物語から考える、無自覚・無意識の偏見

動画オーバードーズ

©坂井恵理・テレビ東京/講談社

 ビールを飲むと膨満感がえぐいので最近は日本酒派、明石ガクトだ。  小学校の頃、教室の後ろにこんな言葉が極太の筆文字で書き殴られていた。 「相手の立場になって考えよう」  僕は素直な性分だったので常に相手の立場になって話そうと思ったら、どう言えばいいのかわからずに何も話せなくなってしまった。7歳の語彙力は、相手の立場に立った人を傷つけない表現をすることには余りに無力だった。  僕が言葉を失っていた平成元年から数十年の時がたち、令和の世の中は一気に進歩した。

「考える」ことを続けていこう

 ポリティカル・コレクトネスに沿った表現をすることがテレビでも雑誌でも、そしてSNSでも当たり前になりつつある。いまだ、それを「表現の自由を奪うもの」と考える人もいるけれど、世の中や人間は多面体でできているから誰かにとってはタダの言葉でも、ほかの誰かにとっては心を抉るナイフになるかもしれない。  そこにはアンコンシャス・バイアスと言われる自分自身では気づいていない「無自覚・無意識の偏見」がそれぞれの常識を歪めてしまうからだ。妊娠出産という当人にとって特別な出来事に、当事者以外がいかに勝手な「当たり前」を押しつけてきたことか? 『ヒヤマケンタロウの妊娠』は自分が妊娠するとは思ってもみなかった男性の視点を通して、逆説的にそれ以外のすべてをリアルに描くことに成功している。そのトーンは極めて冷静で、過剰な音楽や編集もなくリアリティショーのようですらある。 「もし(男性の)あなたが予期せず妊娠したら産む決断ができるのか?」。この問いは当たり前だと思っていることを社会の誰かが背負っている現実を認知させる。  しかし自戒を込めて言うがドラマを観て「わかった気になる」というのが一番ひどいアンコンシャス・バイアスだ。小学生の僕を悩ませた「相手の立場になって考えよう」という言葉を胸に「わかった」で思考停止せず「考える」ことを続けていこう。  世の中は、ちゃんと考えてきた人たちによって前に進んできたのだから。 ●『ヒヤマケンタロウの妊娠 リアリティ★★★★★、気づき★★★★★、あるある★★★★★(5点満点) 「もし男性だって予期せぬ妊娠の可能性があるとしたら? 誰もが一度は夢想したことのある世界を丁寧に描ききった傑作」
’82年、静岡県生まれ。上智大学卒。’14年、ONE MEDIAを創業。近著に『動画の世紀 The STORY MAKERS』(NewsPicks Select)がある

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