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「なぜ、私は原発を止めたのか」元裁判長がすべての日本人に知ってほしいこと

裁判所は原発の危険性を判断していない

(c)Kプロジェクト

――映画の中でも紹介されている樋口理論と従来の原発訴訟の判断基準の差について教えてください。 樋口:私が大飯原発の訴訟を通して打ち立てた理論(樋口理論)は、①原発事故のもたらす被害はきわめて甚大である。よって、②原発には高度の安全性(事故発生確率が低いこと)が求められるべき。③地震大国日本において高度の安全性があるということは、高度の耐震性があるということにほかならない。④しかし、我が国の原発の耐震性はきわめて低い。よって、原発の運転は許されない。 という極めてシンプルなものです。 一方、従来の判決を導く理論は、住民側の運転差し止めの要求を棄却した1992年の伊方原発最高裁判決以降、「行政庁(原子力規制員会)の判断を裁判所として尊重し、その判断の過程が合理的なものであったか否かを審査する」というスタンスでした。つまり、原発そのものの危険性について、裁判所は直接判断しない、ということです。 被告電力会社側の主張が専門技術知識で安全性を立証しようとし、原告住民側もそれに引っ張られて専門技術知識を要する主張を展開するようになったことが原因です。その当否を判断できないので、裁判所は「専門家の判断を尊重する」という基準で判断するようになりました。

耐震基準以上の地震は頻発している

――なぜ、専門技術知識を要する主張が展開されていたのでしょうか。 樋口:原発訴訟が始まった1970年当時は地震観測網が存在していなかったために、仮に電力会社が設定した耐震基準が「600ガル」だとしても、600ガルの地震がよくある地震なのか、それとも滅多に起こらないものなのか、わかりませんでした。 そこで、600ガルを導くに至った計算過程や調査方法に問題点がなかったかどうかについて審理がなされていたのです。客観的に危険性が判断できないので、揺れの数値を導くに至った計算式や活断層の調査方法に目が向くのは止むを得なかったんですね。だから住民側の弁護士も専門家の意見を聞いて一所懸命にやっていました。 ただ、今は50年前とは違います。2000年頃にやっと地震観測網が整備されたことによって、600ガルもしくは700ガルの地震が容易に起こり得るということが分かったのです。つまり、原発の耐震性が低すぎる、ということが明白になったのです。 原子力規制委員会は「この原発は700ガルを超える地震が来ると危ないです。700ガルに至らない規模の地震は安全です」という基準を立てています。そうしたら、700ガルはどの程度の頻度で起こる地震なのか、普通は調べますよね。それが理性人でしょう。その「普通の」理性人の思考形態に回帰しないといけない。
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住民側の弁護士も被告の主張に乗せられている
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ライター、合同会社インディペンデントフィルム代表社員。阪南大学経済学部非常勤講師、行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、映画、電子書籍製作にも関わる。

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