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能登半島地震、被災体験者の声からリアルに学ぶ「地震災害への備えと対策」

地震で倒壊した建物が消防車を押し潰している様子(輪島市)。※筆者撮影

 今年2024年元旦、石川県能登地方を震源とする最大震度7の地震「令和6年能登半島地震」が発生。多くの命を奪ったほか、住まいや道路など住民の生活基盤が破壊された――。  この記事では、復興が思うように進まぬ大変ななか、現地の方々が教えてくれた“被災して気づいたことや備えておきたいこと”について紹介。取材にあたり、被災地などを案内してくれた「株式会社ぶなの森(石川県で移住支援・観光や交流のサポートをおこなう企業)※以下、ぶなの森」の代表・高峰博保氏に聞いた「転居や家を建てるときに気をつけておきたいこと」についても紹介する。

震源地から離れた地域で学ぶ「震災への備え」

加賀市の風景。※筆者撮影

 石川県南西部に位置する加賀市は福井県と接し、「令和6年能登半島地震」でいちばん被害が大きかったとされる珠洲市まで直線距離で150km以上離れている地域。地震による被害は少なかったとされる地域ではあるが、影響はあったようだ。 「加賀市のなかでもこの辺りは、家屋が倒壊したり道路が寸断されたりということはありませんでしたが、食器類が棚から落ちて割れるということはあったと聞きました。僕のところも、頭上より上にある棚の食器が全部といっていいほど床に落ちました。高い棚の上に食器類を置くのは危険ですね。ただ、僕の場合は床に衝撃吸収マットを敷いてあったから、食器類は無事でした」  そう話してくれたのは、加賀市に住む50代・男性。男性は、「頭の上に食器類が落ちていたら大変だったし、食器が割れていたら片付けも大変だったかも。床には衝撃吸収マットを敷いておくといいかもしれない」とアドバイスしてくれた。部屋の見た目を大切にしている人も多いが、落下を防ぐためにも高いところに物を置くことは控えたほうがいいだろう。

50以上ある集落でもっとも被害が大きかった“柳瀬”に学ぶ

大きな被害を受けた宝達志水町「柳瀬」地区の様子。※筆者撮影

 今回発生した「令和6年能登半島地震」の報道でよく目にするのは、珠洲市を中心に、能登町、輪島市、穴水町、七尾市、志賀町がほとんどかもしれない。ただ、能登の入口とされる宝達志水町でも、甚大な被害を受けた集落がある。

大きな被害を受けた宝達志水町「柳瀬」地区の様子。※筆者撮影

「ここは、50以上の集落がある宝達志水町のなかで、もっとも被害が大きかった“柳瀬(やなせ)”です。家屋の倒壊や道路の寸断、水道管の破裂など、とても大きな被害を受けました。住むことはもちろん、立ち入ることも難しい赤紙を貼られた家屋も多く、立ち入るのに十分な注意が必要な黄色い紙が貼られている家も多い。道路もあちこち寸断し、傾いている電柱などもあります。けれど数十メートルほどしか離れていない周囲の集落では、柳瀬ほどの大きな被害はありませんでした。そのためか、柳瀬の状況は、ほとんど報道されていません」

大きな被害を受けた宝達志水町「柳瀬」地区の様子。※筆者撮影

 柳瀬を案内してくれたのは、ぶなの森で地域おこし協力隊として働く池田隊員だ。自治体主導で家屋を失った人と空き家をマッチングさせる取り組み「空き家バンク制度」をサポートするぶなの森の活動にも尽力。池田隊員がマッチングした空き家で新しいスタートを切った人もいる。 「お正月に大きな揺れを感じた直後、町内放送(防災行政無線)で大津波警報が発令されたことや避難指示が出ていることを知りました。でも、柳瀬は高齢者がほとんど。私の家にも90歳を超える年寄りがいたので、高台にある避難所へ向かうのは本当に大変でした」

大きな被害を受けた宝達志水町「柳瀬」地区の様子。※筆者撮影

 現在は、ぶなの森が宝達志水町といっしょに情報を集めた空き家のひとつを賃貸で借りることができ、生活基盤を整えつつあるAさん(女性・60代)は当時を振り返る。そして、「紙オムツはかさばるけど、避難所にはないだろうから持って行かないといけない。これも荷物になって大変でした」と話す。 「絶対に持ち出さなければいけないものもあるので、実際に避難となると、『アレも必要、コレも必要』と、すぐには家から出られませんでした。また、90代の年寄りは歩くのも大変。でも、道路は寸断や損傷していて車での避難は無理でした。津波の避難所は高台にあるので、年寄りを支えながら荷物を抱えて上がっていくうちに、ほかの避難者にどんどん追い抜かれていき、最初に到着した避難所はすでにいっぱいになっていたのです」

大きな被害を受けた宝達志水町「柳瀬」地区の様子。※筆者撮影

 その後Aさん一家は、避難先で親切な人に車で送ってもらい、Aさんの実家に身を寄せた。けれど、Aさんの夫が慣れない生活で体調を崩す日々。持病もあり入院した夫のこと、そして今後の生活を考え途方に暮れているとき、ぶなの森などが集約した空き家との縁に恵まれた。 「私はありがたいことに、こうして空き家を安く借りることができています。ただ、避難所にもいつまでも居られないですし、お金がなくてどこにも行けずに倒壊した自宅と同じ敷地にある納屋などで暮らしている人もいます。お金を貯めていた人たちは同じ石川県内や県外といった別の場所で家を建てるなどしているようですが、まさか家が倒壊するなんて想像もしていなかったので、いままで普通に生活していた人がほとんど。私も倒壊したあの家でずっと住む予定だったので、まとまったお金もありません」  災害時に「まとまったお金が手元にないというのは、本当に心細い」と言い、ある程度のお金は貯めておくべきだということを体感したというAさん。このことから地震保険を掛け、さらには数百万単位のまとまったお金を貯めておくことの大切がわかる。また、緊急時に持ち出せるよう荷物をまとめておくことも必須だ。
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