賛否両論でもブランディングとしては成功
「当時は、パーソナルコンピューターといえばIBM一択でした。また、大変高額だったため、一般人が簡単に手を出せるものではありませんでした。
このCMには、そんな閉ざされた世界を解放し、コンピューターを世界中の人々の手に届けたい、そういった想いがこめられていたのです」
このCMは、アメリカンフットボールの祭典ともいわれるスーパーボウルで放映されると、大きな反響を生んだ。もちろん賛否両論を呼んだが、最終的にMacintoshは発売前から大注目を集めることとなり、販売台数も大きく伸びた。
「センセーショナルで挑発的で……。
見た者を良くも悪くも引き込むCMでしたが、『1984』はカンヌ国際広告祭をはじめとする数々の広告賞を受賞しました。結果的に、それだけの評価に値する広告だと世界的にも認められたのです。それに『1984』の後には、ガジェットを破壊するといった、これまた刺激の強い広告も発表しています(苦笑)。『Crush!』を見た昔からのAppleファンは、『Appleらしいな』とも思ったことでしょう」
批判されたアップルのCM(公式YouTubeより)
松下氏はブランディングの専門家として本当に残念だったのは、すぐに謝罪文を発表したことだという。さらに、そこにはCMに込められた想いや製品に託された希望、Appleが持つ信念などは見られなかった。
「実は、今回の一連の流れは、キリンの『氷結無糖』の広告取り下げとほぼ同じなんです。
ブ ランディングの観点からすると、Appleが世間のド肝を抜くようなCMを発表したことよりも、信念なき謝罪をしたことのほうが問題だと思っています」
本連載で以前に取り上げた<
キリン「氷結無糖」の“成田悠輔氏”広告取り下げが起こった本当の理由>の記事では、イメージキャラクターを選定する前に、ブランドや商品のポリシーを貫く覚悟を持つことの必要性を説いた。
そもそも、モノがあふれる現代では、万人に好かれる商品が生き残ることは難しく、ブランドや商品がオリジナルのこだわりやポリシーを持ち、それに共感するファンを生み・継続する作業に注力しなければならない。そして、ブランドがポリシーを貫いた結果、ファンもアンチも生まれる。非難を受ける可能性があるという覚悟が必要だ。
「当時、スティーブ・ジョブズと共同経営者のジョン・スカリー以外の役員は『1984』の発表を反対したと聞きます。
しかし、スティーブ・ジョブズたちは、パーソナルコンピューターの新しい世界を切り開くためには必要なことなのだと、大多数の反対を押し切って、CM公開を強行突破しました。『世界中の人々にパーソナルコンピューターを届ける』という信念を貫き通したのです」
経営コンサルタント、共感ブランディングの提唱者。株式会社SKY PHILOSOPHY 会長。40年近く、企業アイデンティティーやブランドコンセプトの確立を専門とし活動。2011年より「真のブランディングを世に伝える」ことをミッションに、講演、講師、コンサルティングを行う。2024年、著書『共感ブランディング®ドリル』で、自身の体系的オリジナルロジックを一般公開。ブランディングのわかりやすい実践書として高評価を得ている
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