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“ぽっちゃり体型の泡姫”の人生を変えた出会い。今では「大会に出場する」までに

父はギャンブル中毒で、母はアルコール依存症

伊織さん

高校時代の伊織さん

 自分を大切に――なかなかそうした境地に至れなかった背景には、伊織さんの生育歴も無関係ではないのかもしれない。 「私の父母は、暴力を振るうような人たちではありませんでした。ただ、父はギャンブル中毒で、母はアルコール依存症でした。思い出すのは、小学生のときに私が痴漢に遭ったことを父に報告すると、彼は『そういうのはお母さんに言って』と言いました。子ども心に、『私には何の関心もないのか』と思いました。2人は私が高校生のときに離婚し、私と弟は母に引き取られています。  その後、私が20代のときに父が孤独死をしました。脳の病気でそのまま亡くなり、放置されたのちに発見されたようです。警察から遺体の写真を見せてもらいましたが、腐敗がかなり進んでいました。ずっとその写真のことは触れないようにしてきましたが、最近、弟と2人で話したとき、弟が『お父さん、溶けちゃったね』と呟いたんです。それが切なくて、でもすごくおかしくもあって、あれから時が進んだんだなと感じましたね。  母は父の死後、アルコールによる肝機能障害で亡くなりました。朝に起きてこないところを、同居の弟が発見したようです。彼女も、アルコールが好きで飲んでいたというよりは、ままならない日常のストレスの捌け口として、飲まなければ眠れないから飲んでいたように私には見えました」

自分をすり減らしながら対価を得ているからこそ…

伊織さん

大会に出場した時の一枚

 伊織さんは、性風俗業に従事することと自分を大切にすることの関連性について、こんな見方を示す。 「もちろん、風俗をやっている人のすべてが家庭環境に問題があるわけではなく、一般化できないことは大前提です。ただ、風俗業には、自分を傷つけすり減らしながら対価を得る側面があることは否定できません。そのときに大事なのは、仕事で自分を犠牲にしがちだからこそ、もう片方では『自分を大切にしよう』と思えるマインドを形成することではないかと私は考えています。私にとっては、それが筋トレでした。万人がそうでなくてもいいと思います。ただ、生きるためにやっている仕事で自分を壊す方へ傾倒しないでほしい。できるなら人生を楽しい方へ自分で導いてほしい。私も決して器用に生きてきたわけではないけれども、きっかけがあることで変われたので、そんなささやかな願いがあります」  暴力や罵倒を用いなくても、日常において尊厳が蹂躙される場面はある。まして露骨で醜い欲望に対峙する機会が多ければ、自らを無価値と信じ込み、人生に期待しない態度で生きるほうが楽な場合さえあるだろう。  だが自分が変わることで、世界はどんどん色づいていく。灰色だった視界に彩りが戻れば、人生にも意味が宿る。果てしない新陳代謝の先に伊織さんが手繰り寄せた人生は、確かに希望に満ちている。 <取材・文/黒島暁生>
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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