仕事

“時給1500円のバイト先”で見た地獄絵図「仕事ができない同僚」が走行中のトラックから…「怖くて後ろを振り返ることができなかった」

現場に向かう車内の時点で不穏な空気が…

「初めてです。千馬と言います。よろしくお願いします!」 僕は元気よくそう答えたが、隣の老人は返事がない。すぐに「おめえにも聞いてるんだよな!!」と石崎さんが怒鳴ると、老人は少しびくっと肩を震わせて「初めてです」と蚊の鳴くような声で言った。「今日はハズレだな」と極めて機嫌の悪そうな石崎さんにかける言葉もなく、車内は静まり返ったまま、午前の現場に到着した。 まず引っ越す家の荷物を運び出すため、社員と僕は養生を始めた。言わずもがな床や壁を傷つけないためだ。だが、老人はほとんど動かず立ち尽くしている。養生を知らないのかもしれないが、“常識”を教えられるほど暇ではない。引っ越しは時間との戦いなのだ。僕が何度か老人に目くばせしたタイミングで「てめえ動けよボケがよお!!」と石崎さんが怒鳴り始めた。 老人はまた肩をびくりと震わせ、僕の隣にピタッとくっついた。内心僕が「邪魔だ……」と思っているのが石崎さんにも伝播したのだろう。「てめえそんなとこにいたってしょうがねえだろうが!!」とまた大きな声で威圧している。見かねた僕は石崎さんに養生がなんなのかを伝え、自分が担当する箇所の作業を急いだ。

明らかに動きが遅い。やまぬ罵倒

そうして養生が終わると荷物の運び出しだ。特に狭い道では家の前にトラックを停めている状態が長く続いてはいけないため、この時間をどれだけ短縮するかが大切になってくる。僕と石崎さんは大型の家具家電を、老人は両手でやっと一つ持てる大きめの段ボールを中心に運ぶように采配され、その通りに動き始めた。 だが、動きが明らかに鈍い。僕らが白物家電ひとつ運ぶまでに段ボールが3つしか運び出されていない。僕か石崎さんが段ボールを担当していたら倍は運び出せるだろう。冷蔵庫を挟んで「てめえ段ボール一個に何分かけるんだよボケがよ!!」と声を荒げる石崎さんを見ているとなんだか僕が怒られている気分になった。 さっさと家具家電を運び出した僕達は、すぐに老人の倍の速さで段ボールを詰め込み、引っ越し先に向け出発した。「千馬君さあ、このボケ老人何とかしてくれよ!!」といった暴言には心が痛んだが、小さく縮こまって一切反論しない老人を見ていると、いくら罵倒されても仕方がないように思えてきた。
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ようやく打ち解けてきた気がしたのだが…
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小説家を夢見た結果、ライターになってしまった零細個人事業主。小説よりルポやエッセイが得意。年に数回誰かが壊滅的な不幸に見舞われる瞬間に遭遇し、自身も実家が全焼したり会社が倒産したりと災難多数。不幸を不幸のまま終わらせないために文章を書いています。X:@Nulls48807788
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