【松井とイチロー】少ない言葉に凝縮された関係
―[松井秀喜引退式]―
7月28日にヤンキーススタジオで松井秀喜選手の引退セレモニーが行われた。その舞台裏を追う。
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フィールドで行われたセレモニーの場にも、イチローの姿はなかった。選手らと集合写真を撮るときも、何人かの選手とイチローが加わっていない。
「ここ(クラブハウス)で、テレビで観てました。あの時間はいつものようにマシンをやったりする時間なので」
セレモニーのことを問われると、イチローはそう答えた。練習中からずっと姿を見せずクラブハウスにもいなかったイチローが、その日初めて、少なくとも報道陣やファンの目に触れる場所に現れたのは、試合開始5分前、クラブハウスに通じる通路からダグアウトに出てきたときだった。そこにはちょうど、始球式に出ていくためピンストライプのユニフォームを着て待機していた松井氏がいた。
「ああ、久しぶり」
イチローはそう声をかけたという。
「今日はチームメイトですね」
松井氏はそう言って、その後二言三言、笑顔で言葉を交わす2人の姿がテレビカメラに映し出されていた。
2人はこれまで、互いのチームが対戦するたびに何度も同じ球場に居合わせてきたが、直接言葉を交わすのはかなり久しぶりだったはずだ。恐らくもう何年も、こうして球場で会話を交わす機会はなかっただろう。本人たちが好むと好まざるにかかわらず常に比較され、並び称され、アマチュア時代も含めるともう20年以上もかかわりを持ってきた2人は、いわば特別な関係ともいえる。
そんな2人がこの日、ごく自然な成り行きで顔を合わせ、まるで長いブランクなど何もなかったように日常のほんのひとコマのように言葉を交わしたのは、2人にとっては一番相応しい再会の仕方だったのかもしれない。
松井氏は現役を引退したが「野球人としての松井秀喜」はこの先もまだ長く続いていくだろう。2人がかかわり合ってきた歴史も、この日の出来事のように何度か偶然に交わりながら、また刻まれていくに違いない。
「(セレモニーのために)これだけの人が集まったのは、すごいことだと思います。彼のことを見にくるのはすごいことです。いろいろおめでとう」
イチローは最後にそう言った。引退のセレモニーの日に、野球人として新たなステップを踏んだ相手への祝いの言葉を贈ったのも実にイチローらしく、松井氏との関係における何か深い部分を凝縮しているようでもあった。 <取材・文/水次祥子>
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