株高を素直に喜ばない奇妙な人々
連載06【不安の正体――アベノミクスの是非を問う】
▼株価の上昇は庶民には関係ないのか?
5月22日、株価は2万264円をつけ、東証一部上場企業の時価総額がバブル期のピークを超えてしまったそうです。すごく景気のいい話だと思うのですが、テレビや新聞などでは「株価が上がっても庶民には恩恵がない」「格差は拡大」といった論調をたびたび目にします。
確かに、金融資産を保有していない庶民にとって、株価の高騰によって得られる「直接的」な利益は小さいかもしれません。しかし、「間接的」な恩恵を我々は知らず知らずのうちに受けています。その例をいくつか紹介しましょう。
▼年金も株で運用されている
私達が月々納めている年金保険料。この保険料の積立金を株式や債権で運用しているのが「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)です。景気が回復し、株価が上昇すれば当然ながらGPIFの運用益は大きく増えます。昨年10~12月の四半期のみだけで、運用益は6兆円を突破しました。この積立金は説明するまでもなく我々が将来年金として受け取る国民共有の資産です。
積立金は毎年4兆円ずつ取り崩されていますが、運用成績次第では取り崩す金額を増やし、年金支給額の増額のほか、現役世代から徴収される年金保険料の減額に充てられる可能性があります。これは国民にとって大きな恩恵です。
昨年10月には、政府がGPIFの保有資産の比率を見直し、国内債券(国債)を60%から35%まで引き下げ、代わりに株式の比率を計50%まで引き上げることを決定しました。この措置に対してマスコミは「国民の資産を株式などのマネーゲームに投じるなどとんでもない!」と批判したのですが、このまま国債を中心とした債券を保有し続けたほうが損をするリスクについては触れません。というのも、基本的に景気がよくなると株式などの資産が買われるようになり、利率の低い債券の人気はなくなり、その価値は低下します。反対に、国内の景気が悪くなるとリスク資産(株式など)が敬遠され、リスクの低い国内債券(国債)の需要が増し、その価値は上昇します。つまり、景気が回復している局面にもかかわらず、GPIFが債券の保有率を高く維持したままだと、儲けのチャンスをみすみす逃してしまうことになるからです。下手をすれば運用益がマイナスになってしまうかもしれません。
アベノミクスの推進によって、デフレを脱却し景気が回復する可能性が高いと予想されるので、債券の比率を下げ、株式の比率を引き上げるほうが得策です。これは、生命保険会社や証券会社で当たり前のように実施されている資産防衛策であり、リスク管理上当然の措置です。これがなぜ批判の対象になるでしょうか。
もし株価が大きく下がると年金積立金が減ってしまうのは確かなのですが、よほど間違った経済政策をとらない限り、株価というものは経済成長とともに上昇していくのが普通です。しかし、日本はバブル期に日経平均が4万円を超える高値を記録した後、民主党政権時に約8000円まで下落してしまったため、株価は上昇していくのが普通だと言われてもピンとこないかもしれません。しかし、アメリカのダウ平均株価は景気の悪化により一時的に低迷している時期はあるものの、トレンドとしてはずっと上昇しています(図1)。
⇒【グラフ】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=877248
30年の間にダウ平均株価は14倍にも増加しています。日本の場合は20年間もデフレを放置し、間違った経済政策をとってきました。これでは株価が低迷するのは当たり前であり、日本の長期にわたる株価の低迷は、世界的に見てもかなり稀な例です。
その間違った政策を改めた「デフレ経済対策」こそ、アベノミクスです。アベノミクスの推進によってデフレを脱却すれば株価は上昇していきますので、中長期で見れば年金積立金に損金が発生するリスクは小さいと言えるでしょう。
▼企業年金の運用成績も上昇
企業年金とは、公的年金とは別に企業が従業員の老後の暮らしを豊かにするために、選択的に設置した私的年金のことです。企業は従業員の企業年金を積立て、それを生保や証券会社に預けて運用しています。株はなにも富裕層だけの世界ではありません。我々は知らず知らずのうちに、自分の資産の一部を株式や債券で運用しているのです。
日経新聞のニュースによると、大手生命保険6社による企業年金の2014年度の運用利回りは平均17.87%だったそうです。つまり、将来受け取る予定の企業年金額が18%近くも増えたということになります。これを株高の恩恵と言わずなんと言うのでしょうか。また最近では従業員が自らの退職金や一時金を投資信託によって運用する「確定拠出年金」を採用する企業が年々増えてきています。庶民は決して株式とは無関係ではないのです。
▼株価上昇は企業の投資を促す
各企業は子会社や他社の株式を保有していますので、株価が上昇すればその分だけ企業の資産が増加します。それは銀行から見ると企業の資産担保能力の向上となるため、銀行が企業にお金を貸しやすくなります。お金を融資しても不良債権化するリスクが低くなるからです。
要するに株価が上昇すれば企業の設備投資が増えるということです。投資が増えれば雇用も増加し、従業員の給与も改善します。株高の恩恵はきちんと庶民にも波及していくのです。
先月、トヨタが新株を1兆5000億円分発行し資金を調達し、その資金を研究開発費に充てることを公表しました。ちなみに、新株発行とはすでに発行済みの株式とは別に新しく株式を発行し、それを投資家に売却。その売却益によって資金を調達することです。しかし、新株を発行して資金を調達できるのであればどんどん新株を発行すればいいのではないか?という疑問が湧くと思いますが、そんな都合のいい話はありません。
考えてみれば当たり前のことなのですが、トヨタが新株を発行したとしてもトヨタそのものの価値(発行株式の時価総額)が上昇するわけではありませんので、新株を発行した分だけ一株あたりの価値が希薄化し、株価が下がってしまうのです。このことは当然、従来のトヨタの株主にとってはおもしろい話ではありません。
しかしそれでも株主が新株発行を容認するのは、新株発行により調達した資金を研究開発、設備投資に充てることで今より「企業の価値」が高まり、新株を発行したことによる株価の低下分を取り返せるだろうという期待があるからです。ただ、これが通用するのは景気がよく、株価が上昇している局面に限ります。もし、景気が悪く株価が低下している最中に新株発行による資金調達を行っても「企業の価値」が高まる可能性は著しく低いと予想されるため、株主は反発して新株発行は実現できません。
トヨタが今回多額の新株を発行できたのも、アベノミクスにより株価が大きく上昇しているおかげです。トヨタが発行し調達した資金1兆5000億円は研究開発投資費として支出され、我々国民の所得になります。果たして、株高は庶民に恩恵はないのでしょうか?
▼株価は景気の先行指標
少し余談になるかもしれませんが、しばしば株価は将来の景気を先取りする先行指標と言われます。そのことを顕著に示すのが図2のグラフです。
⇒【グラフ】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=877249
これは12ヶ月前の日経平均株価と就業者数の推移をグラフにしたものですが、両者が見事に相関していることがわかります。つまり、株価は一年先の景気、雇用状況を先取りしているということです。
恐らく、株価が上昇することによって、先ほど説明したような企業の投資拡大が起こり、雇用が改善することが影響しているのかもしれませんが、ただそれだけでは両者の直接的な因果関係があるとは正直断言できません。しかし、ここまでグラフがきれいに重なるのは「何かがある」と思わざるを得ないのです。
「市場は常に正しい」という格言があるように、虎視眈々と儲けを狙う投資家達の思惑の合成は、1年後の景気、雇用を予測してしまうのかもしれません。株価は実体経済を評価していないとよく言われますが、それもある意味当然だと思います。株価は現在ではなく、将来の景気を先取りしているためそのように感じるのではないでしょうか。もし、このグラフどおりに就業者数が推移するとすれば、1年後の就業者数は現在より100万人ほど増加しているかもしれません。
▼株価が上昇して困ることはあるのか?
最後に、そもそもの話になってしまいますが、株価が上昇することの何が問題なのでしょうか? 株価が上がれば国民の金融資産が増えるので、当然消費や投資も活発化します。株価が上がれば、将来受け取れる年金、企業年金、退職金(確定拠出年金)も増額します。株価が上がれば、企業の投資が増え、国民の雇用と所得も改善します。いったい何が問題なのでしょうか?
逆に株価が下落して何かいいことがありますか? なにもありません。株価は上がるに越したことはないのです。マスコミも株価が上がっているときは「株高は庶民には関係ない」と言っておきながら、いざ株価が下がると「アベノミクス失敗か」と急に不安を煽りだします。これにはもう呆れるしかありません。
◆まとめ
・公的年金、企業年金は株式でも運用されている。株価の上昇は庶民にも好影響あり
・株価の上昇により、企業の資産状況が改善。銀行からの融資を受けやすくなる
・株が上昇すれば新株発行による資金調達がしやすくなり投資が増える→投資が増えれば国民の雇用、所得も向上する
・株価と就業者数には強い相関関係がある
・そもそも株価が上昇して悪いことはあるのか? 下がるより上がったほうがいいことは自明
【山本博一】
1980年生まれ。経済ブロガー。ブログ「ひろのひとりごと」を主宰。医療機器メーカーに務める現役サラリーマン。30代子育て世代の視点から日本経済を分析、同世代のために役立つ情報を発信している。近著に『日本経済が頂点に立つこれだけの理由』(彩図社)。4児のパパ
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