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女子ソフトボール代表のエース “女マー君”山根佐由里を直撃

~もぎたて女子アスリート最前線 第20回~

 東京オリンピックでの復活が決まり金メダルを期待されるソフトボール。なかでも、体感速度150km超えの弾丸ストレートと、ドロップ、スライダー、チェンジアップなど、多彩な変化球で、“女マー君”として注目を集めている選手が山根佐由里投手だ。早速、その経歴を見ていこう。

やまね・さゆり

 物心ついたころからこの競技が身近にあり、姉もやっていて、父親もちょうどその時監督をしていたので必然的に始めるようになったという山根投手。中学生になっても続けるが、中学2年の時に豊田自動織機の選手たちに教えてもらう機会があり、中でも高山樹里選手は憧れの存在で自分も「オリンピックの舞台で活躍したい」と感じた。

 高校は他県に行かず地元の宇治山田商業高校に進学し競技を続ける。3年生になる直前の3月、練習中に右膝の前十字靭帯を切り、競技を続けるには手術をするしかないとなったが、5月末のインターハイとU-19の世界選手権が6月にあり、絶対に出場したいとの思いがあり、それまではメスを入れずに試合を続け夏休みに手術をした。卒業後レオパレス21に所属するもチームが廃部になりいくつか声がかかった中から、現在のトヨタ自動車に所属することになる。

 2014年のカナディアンオープンは決勝戦で投げることができ、アメリカに勝って優勝ができた。初めて国際大会の決勝で投げれたのが嬉しかったし、「投げていて楽しかった」と語るように充実した年だった。

 注目なのは昨シーズンの第4節SGホールディングス戦でのこと。あと一人のバッターを抑えれば完全試合という場面で、最終7回2アウトから寺本有希選手にホームランを打たれるという、大記録が一振りで消えてしまう惨事があった。試合は4-1で勝利したが、「最後の最後で気のゆるみが出たことが悔やまれる」と語る山根選手。前の打席でライトフライに打ち取ったが「同じコースに投げるならもう少し高めに投げないとあぶないね」と話していたのを忘れてしまっていたのが敗因だと自省する。記録が近づき冷静さがなかったようだった。この試合は本人の記憶だけでなく、ソフトボール史に残る出来事になった。

 東京オリンピックでソフトボールが復活することになり盛り上がり、期待値の高い競技だが、「レベルアップしないと4年は長くないのでしっかり準備をしないと」と語ってくれた。

⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1192941

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「グランドに入るときは左足から入ります」

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