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“視聴率”対“PPV契約世帯数”のメカニズム――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第207回(1996年編)

インサイド・レスリング

月曜TV戦争はWWE“ロウ”とWCW“ナイトロ”の番組視聴率争いだけでなく、WWEとWCWの団体経営―存続をかけた闘いだった(写真は米専門誌『インサイド・レスリング』表紙から)

 WWEは興行収益(ハウスショーの入場料とPPV有料放映受信契約料)を経営の基盤とするプロレス団体で、WCWはプロレス団体の形をした“テレビ番組”だった。ビンス・マクマホンも、WWE首脳部も、またアメリカのテレビ視聴者も、その根本的なちがいになかなか気づかなかった。

 WWEとライバル団体のWCWが、毎週月曜夜の同時間帯にタイトルもコンテンツもひじょうによく似たふたつのプロレス番組を別べつのチャンネルでぶつけ合うという前代未聞のシチュエーションが発生してから4カ月が経過しようとしていた。

 WWEの看板番組が“マンデーナイト・ロウMonday Night Raw”(USAネットワーク=ケーブル)で、WCWが1995年9月から放映開始した新番組が“マンデー・ナイトロMonday Nitro”(TNTターナー・ネットワーク・テレビジョン=ケーブル)。それまでWCWサイドの挑発的な番組づくりを黙殺するスタンスを貫いてきたWWEは、1996年1月1日オンエア分の“ロウ”からついに報復手段としてWCWのパロディといえるドラマ仕立ての新コーナーを番組内でプロデュースした。

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新コーナーの登場人物は…

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