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WCW“マンデー・ナイトロ”番組打ち切り――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第335回(2001年編)

 WWEは2001年3月23日、WCWのオーナーであるTBS(ターナー・ブロードキャスティング・システムズ=タイム・ワーナーAOL社の傘下グループ企業)から“WCWブランド”を正式に買収した。それはWCW所属選手とスタッフだけでなく、プロレスファンやマスコミ関係者にとっても“寝耳に水”のできごとだった。

WCWマンデー・ナイトロ番組ロゴ

1995年9月の放映開始から5年6カ月間つづいた月曜夜のプライムタイム・ショー“マンデー・ナイトロ”の番組打ち切りが決定。それは所属選手にとってもスタッフにとっても寝耳に水のできごとだった(写真はWCWマンデー・ナイトロ番組ロゴから)

 このニュースは同日午後、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の電子版に速報としてアップされ、翌日には『ニューヨーク・タイムス』紙が土曜版・経済面で特集記事を掲載。

 NBC、CBS、ABC、FOXの4大ネットワークTVとそのアフィリエート各局(地上波)、CNNをはじめとする大手テーブル各チャンネルもプライムタイムのニュース番組でこの話題を取り上げた。

 WWEがTBSから買収したのはWCWの(1)版権・著作権(2)映像ライブラリー(3)同団体に帰属するすべての知的所有権。

 映像ライブラリーとは、TBSがその前身であるジョージア州アトランタのローカルTV局WTCG(UHF)時代の1972年に放送開始した“NWAジョージア・チャンピオンシップ・レスリング”から1980年代のNWAクロケット・プロモーション、そして1990年代のWCWまで、約30年分におよぶプロレス番組の現存するすべてのマスター・テープを指していた。

 旧WTCGが1976年にケーブルTVと衛星放送にシフトチェンジして全米放映が可能になると、アトランタのローカル版のプロレス番組もそのまま全米中継用のコンテンツにアップグレードされた。

 毎週土曜の朝、アトランタ郊外テックウッドのTVスタジオで録画収録されるプロレス番組はつねに安定した視聴率をかせぎ、スーパーステーションTBSに社名変更した同局の看板番組のひとつとなった。

 “テレビ王”テッド・ターナーが倒産寸前だったNWAクロケット・プロを買収(1988年11)したそもそもの理由は、同局のチャンネルからプロレス番組を消さないためだった。

 アトランタでは毎週土曜の夜6時と日曜の朝11時は“プロレスの時間”。プロレスというジャンルの番組視聴パターンとその“習慣性”を熟知していたターナーにとって、900万ドル(推定)のプロレス団体はそれほど高い買いものではなかった。

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WWEと並ぶ“第2のメジャー団体”として誕生したWCWは…

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