スコット・ノートン「ピース・ウィズインPeace Within」――フミ斎藤のプロレス読本#013【Midnight Soul編8】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
1992年
バスは東京に向かって東名高速をひたすら走りつづけた。ついさっきまでにぎやかだった外国人選手グループもずいぶん静かになった。
いちばん後ろの広いシートではホークが口を開けてクークーいびきをかいている。オレにまかせておけといってビデオを選んでおいて、それを観終えるまでに眠りこけてしまった。
「アカサカ、スイマセン。小便がしたくなった。どこかで停めてくれ、クダサイ」
おとなしく映画を観ていたトニー・ホームが英語と日本語のちゃんぽんでドライバーのアカサカさんに大声で話しかけた。
いまどのへんを走っているのだろう。ホームの子どもじみたリクエストに応えて、バスは次のドライブインに停車した。外の空気が吸いたくなって、ぼくもバスを降りた。
フリーウェイを吹き抜ける深夜の風が冷たくて気持ちがいい。そういえば、トイレに行っておいたほうがいいかもしれない。
公衆トイレに入って用を足していると、あとからスコット・ノートンが入ってきて、ぼくのすぐとなりに立った。
いくら見慣れているといっても、ノートンはほんとうにタテにもヨコにも大きい。暗がりでいきなりこんな大男に出くわしたら大型冷蔵庫が歩いてきたと思うんじゃないだろうか。
「ヘイ、フミ。オレゴンにはいつ来るんだい?」
ノートンはオレゴン州ポートランドに家を建てたばかりだった。初めて買った家なのでみんなに見せたくてしようがないらしい。日本で稼いだファイトマネーがあっというまに一軒家に化けたのだった。
「なあ、もっと体重を増やせ。オレゴンへ来い。オレが鍛えてやるから」
ノートンは、ぼくがレスラー志望なのだと勝手に信じ込んでいた。そんなふうに思ってくれるのはうれしいような気もするけれど、いくらなんでもこんな人のラリアットを食らうのは無理だ。
「ピース・ウィズインPeace within。オレはいま完ぺきにリラックスしちゃってんだ。わかる?」
よく見ると、ノートンの顔つきがいつになくやさしくなっている。バスのなかではいちばん後ろの座席でホークと並んで仲よくすやすや眠っていた。ふたりは中学、高校の同級生で十代のころからの親友だ。
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