黒木渚が病を経て得た「開き直る力」――復帰ライブのテーマは「過去の声の葬式」だった
――喉の病気の経験は生きていますか?
渚:生きています。『鉄塔おじさん』の裏テーマは「代謝」なんです。適切なときに捨てたり拾ったりして、それによって人生が回っていくっていう。それはこの1年間で出した結論みたいなものなんですよ。美しい声とか正しいピッチというものを失って、代わりに伊藤キムさんを得る、みたいな。そういう循環で得た考え方です。
――新曲〈砂の城〉では歌にオートチューンとヴォコーダーを通していますね。
渚:生き物でも死に物でもないエリアで歌いたい、みたいなところがあったんです。あの声って、どっちの世界で歌っているかはっきりわからないじゃないですか。最近、肉体の脆さみたいなものをすごく実感するし。誰もが年老いていくし、アスリートなんて若くしてダメになっちゃうじゃないですか。なのに一瞬にかけて燃える、その感じを生き物でも死に物でもない人はどう歌うんだろう? って。あと“あなたもわたしも脆いから いっそこの手で崩しましょう”というフレーズに象徴的なんですけど、やっぱり破壊欲みたいなものが心のどこかにあって、それは死と再生を繰り返す「火の鳥」ともちょっとつながっているかもしれないですね。永遠にツルツルで生きていくとムカつくみたいな(笑)。いつか崩れてしまうんだったら自ら崩したほうが納得がいく、みたいな気持ちがやっぱりある。あと、いちばん怖いものって何だろうな、みたいなことを思ったときに、優しいものかもなって。この1年間、ひとからすごく優しくされたし、愛情をもらったけど、それがなくなるときのことを考えるのが怖い。だから“○○が怖い”と一般的には怖くないとされている物事をたくさん羅列しています。
――2月のライブのための曲っていう感じがします。
渚:あらゆる創作物が紐づいているのって面白いから、このライブに向けて曲を書いてみよう、というのがテーマでした。どの場面で歌うかとか、意識して書きました。着る衣装まで明確に見えていましたから。
取材・文/高岡洋詞 ポートレイト写真/植松千波 取材・ライブ写真/織田曜一郎(本誌)
――今後の黒木渚マーク2が楽しみですが、その第一歩が2月24日の昭和女子大学人見記念講堂での公演ですね。どんなことをやろうと考えていますか?
渚:“~幻想童話~砂の城”っていうタイトルをつけたんです。文学の畑を耕した1年だったから、それを存分に使いたいなと思って、「果実と活字」というテーマにしました。それを軸にいろんな演出を組み合わせていきます。
――声の調子は?
渚:めちゃくちゃよくなっています。昨日リハだったんですけど、順調にきていてうれしかったですよ。後半とか、もう楽しくてしょうがないみたいな感じでした。
――物語といえば、新作小説の『鉄塔おじさん』も拝読しました。処女作『壁の鹿』や短編『やとわれ地蔵』では「モノと人の対話」が描かれていました。一方『本性』では、きっちりと人と人のねっとりとした関係が描かれていて、新作もその方向性ですね。これまでの作品を踏まえて読むと、どんどんうまくなっているというか、人と向き合い始めている感じがします。着想はどんなときに得たんですか?
渚:去年の4月ごろ、家のそばを散歩していたんですよ。高圧電線がすごく近くて、鉄塔が2~3本立っているんですけど、そのちょうど真下にベンチがあって、そこに座ってキョロキョロしていたら目の前に鉄塔がバーンと立っていて、これは何を配給しているんだろう、と思ったんですよね。鉄塔ってすべての家をつないでいるんだなぁと。これを使って何か悪いものやいいものを各家庭に配れたら面白いのに、みたいなことを考えて(笑)。そういうことを考えるのはどんな人だろう……と思ったら、たぶんめちゃくちゃ金持ちで暇な人だろうなと。宝くじを当てて庭に大仏を建てちゃうみたいな人、いるじゃないですか。ああいう人なら本当に庭に鉄塔を建て始めるんじゃないかと思って、そこからですね。そういうおじさんが近所にいたら、わたしきっと遊びに行くだろうなと思って。
【インフォメーション】
2月6日に配信EP「砂の城」と3作目の小説『鉄塔おじさん』を同時に発表し、24日には東京・昭和女子大学人見記念講堂でライブ『~幻想童話~砂の城』を開催する。
『鉄塔おじさん』 町役場で窓口対応として働く公務員の女性が、ひょんなことから巻き込まれる騒動を期に自分と深く向き合い成長していく姿を描いた長編小説 |
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