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黒木渚が病を経て得た「開き直る力」――復帰ライブのテーマは「過去の声の葬式」だった

黒木渚が病を経て得た「開き直る力」

「火の鳥」を歌う黒木渚(2017年10月7日、福岡スカラエスパシオ)

――声に関してはいまはどう考えていますか?

渚:初めて見に来てくれたお客さんにとっては、黒木渚はこういう声だってことだと思うんですよ。それよりわたしが何をやるかとか、どういう人かとか、作品の内容とかが重要で。あと、その人がどのタイミングでわたしの作品に出会ったかは、作品を愛する理由の大きな部分を占めると思っていて。それってわたしにはコントロールできないんですけど、そこをいままであんまり考えたことがなかったんですよね。自分がこの歌をどう作ってどうコントロールしていくかっていうことばっかりで。

――手を離すことを学んだ、みたいな?

渚:ある日、すごく落ち込んでいて、駅前をとぼとぼ歩いていたら、何メートルか前を変な服を着た男の子が歩いていて、突然めちゃくちゃでかい声で歌い出したんですよ。どうしたらそうなるんだろうと思うぐらいヘタクソなんだけど、すごく気持ちよさそうに、のびのび堂々と歌っていて。それを聴いているうちに超元気が出てきたんです。予期せぬタイミングでわたしは音楽に救われるんだな、って思ったんですね。それも、曲のクォリティなんて何も気にしていない見ず知らずの人の歌で。わたしとお客さんの間にも同じ構造がきっとある。昔と同じ方法で得点を取らなくてもいいし、他に得意なことをいっぱい作りたいな、この1年で……というふうに思えるようになった。そのことはいちばん大きかったと思います。

――休んだことは渚さんにとって悪いことではなかったんですね。悪いことじゃなくしたというか。

渚:結果オーライっていうか、ひと皮むける時期だったんだなと。エビの脱皮みたいな。

――東京のときはまだエビの皮がホヨホヨのときだったんですね。

渚:ホヨホヨでした(笑)。元来、強がりキャラというか、やっぱり気高くて強いヒロインでいたいっていう思いがあったんですけど、お客さんに委ねるってことを自分に許したし、お客さんはかっこ悪いわたしを許してくれるんだっていう、安心感を持ってステージに戻ってくることができた。お客さんにもまわりの人にもすごく頼っている状態であそこに立つことは、以前は許せなかったんですよね。そんなことをするぐらいなら潔く引退すべき、っていうタイプだったんですけど、みなさんの全面的な優しさでフカフカな上にポヨンポヨンと戻ってこられたのは、ある意味で成長だったかもしれないなって。

――そのハードルを越えるために、キムさんの存在が必要だったんですかね。

渚:“黒木渚の世界観”みたいなものをバーンと打ち出してやってきた人が、そこに異物を取り込んで、受け入れるっていうことだったと思うんですよね。最初にキムさんに会ったときに「キムさんはわたしの声の権化だから」みたいな話をしたんですけど、最後のリハの後だったか、「僕は君の声の化身でもあり、君の病気の化身でもある」みたいなことを言われて、やっぱりこの人は自分のことを異物だと思っているんだなって思いました。異物として参加しようとしてくれている。意思の疎通ができているなって心強かったです。

『音楽の乱』では伊藤キムがバンドメンバーを即興で指揮するシーンも。ライブ演出の重要な役割を果たしていた(2017年10月7日、福岡スカラエスパシオ)

――コンダクションの様子などを見ていると、バンドのメンバーもお客さんもそれを楽しんでいる感じはしました。

渚:楽しかったですね。リハーサルから本番まで、一回たりとも同じことをしなかったんですよ。たばちゃん(多畠幸良/キーボード)はすごくまじめだから、キムさんが口パクして何を言っているか読み取って口に出すゲームを読唇術みたいなものだと思っていたみたいで、何を言っているかわからなくて固まっちゃったりしていましたけど(笑)、スポンジタイプのまこっちゃん(井手上誠/ギター)はすごく積極的に受け入れていました。宮川(トモユキ/ベース)さんは口パクが得意で、すごく面白かったし。

――お客さんにもけっこう歌ってもらいましたよね。

渚:あれは自然な流れというか、待っていたら歌いたいだろうし、わたしも歌ってもらえると助かるし(笑)。別に歌ってくれなくてもいいや、とも思っていたんですけどね。でも特に初日の東京は、みんなで盛り上げて渚を安心させてやろう、楽しませてやろう、みたいな空気がすごくありました。「でかい村を作ってみんなで住もうぜ!」みたいな気持ちになりました(笑)。

「テーマ」で合唱する黒木渚と観客(2017年12月15日、名古屋ダイヤモンドホール)

――ファイナルの名古屋だけキムさんの役を鈴木ユキオさんがやっていましたよね。あまりに違和感がなくて途中まで気づかなかったんですけど。

渚:なかったですよね。名古屋の日はキムさんが公演が入っていたのでユキオさんを紹介してくれたんです。めちゃくちゃ緊張したと思うんですけど、たぶん見えないところで練習を重ねてきてくださっていて、キムさんがリハで言ったことも一語一句漏らさず覚えていたと思います。「まずは完コピします」って言って、本番ではきっちり自分のエッセンスを混ぜて出してきたのがすごいなって。やっぱり世界のステージで踊った人ってこんなに肝が据わってるんだ、と。

『音楽の乱』では名古屋公演のみ鈴木ユキオ氏がダンサーとして登場した(2017年12月15日、名古屋ダイヤモンドホール)



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昭和女子大学人見記念講堂公演のテーマは「果実と活字」

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