黒木渚が病を経て得た「開き直る力」――復帰ライブのテーマは「過去の声の葬式」だった
――その「誰か」が伊藤キムさんだったわけですね。
渚:わたしのなかでは、復帰ライブには「過去の声の葬式」みたいなテーマがあったんです。昔の声にさよならして、新しい声を手に入れていく通過儀礼みたいな。そこに立ち会ってくれる人はキムさんしか考えられなかった。劇団サンプル(解散)の芝居『離陸』(2015年9月)にキムさんが出ていて、そこで彼のことを知りました。そして、今回、キムさんに出演をオファーしたいな、と観にいった公演のテーマが「声と言葉」だったんですよ(2017年7月/GERO『言いたいだけ』試演会)。そこでコンダクション(即興指揮)を見て、絶対この人だって思って。それで、コンタクトを取って初対面の打ち合わせで泣きながら「助けてください!」って言って(笑)。キムさんはなんだこいつと思ったかもしれないんですけど、いいよって言ってくれて。わたしが初対面で泣くなんてまずないんですけど、この人とやれたら絶対大丈夫っていう確信があったのかな。
――それだけ本気だったんでしょうね。
渚:本当に「助けてくれ!」っていうSOSでした。キムさんには「わたしの声を具現化した役割」を果たしてもらおうと考えて、そこからライブを組み立てていきました。まずキムさんの引き出しを教えてくださいということで一回ワークショップを受けたんです。そこでキムさんが持っているエッセンスを分けてもらったことを受けて、ライブプロデューサーの本間律子さんがセットリストや演出を、わたしはそこに何を流すかを考えていきました。カラッと復活したいけど、やっぱり1年でいろいろあったのをなかったことにはできないし、結果的にはけっこう包み隠さずにやりました。冒頭に流したアナウンスでも自分の声が失われてしまったみたいなことを書いたし。
――実際にお客さんの前でやるにあたってはドキドキしませんでしたか?
渚:キムさんが私のお客さんに拒絶される可能性もめっちゃあり得ますからね。みんなが現代舞踏みたいなものに慣れてるかどうかもわからないから、ポカーンとされちゃうんじゃないかとか、あと何度も出てきすぎとか。「誰だ、黒木渚の復活ライブになんであの人がずっと出てるんだ」みたいな(笑)。でも、1年待ってくれたファンだからおそらく大丈夫だって。そもそも待ってくれたこと自体がびっくりでしたからね。チケットが発売されると、待ってくれている人の数がわかってくるじゃないですか。それを教えてもらって、かなり予想より待ってくれている、だったら大丈夫だな、やっぱりすごく質のいいファンを持っているんだな、わたしはこの人たちと一緒に歳をとっていくんだな、とか、いろいろ考えました。
――会場ごとに反応の違いは?
渚:ありましたね。初日の東京はもう本当の復活の瞬間だったから、みんながひとつになっていたと思います。みんなステージマンだから、あれだけ練習したのに本番では全然違うことやったりするんですよ。でもそれを面白がって、何がきても打ち返してやるぜ、かかってこい、みたいな精神状態で。それを一度経験してしまったものだから、次のライブはめっちゃ緊張したりしました(笑)。
【インフォメーション】
2月6日に配信EP「砂の城」と3作目の小説『鉄塔おじさん』を同時に発表し、24日には東京・昭和女子大学人見記念講堂でライブ『~幻想童話~砂の城』を開催する。
『鉄塔おじさん』 町役場で窓口対応として働く公務員の女性が、ひょんなことから巻き込まれる騒動を期に自分と深く向き合い成長していく姿を描いた長編小説 |
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