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“格闘王”前田日明「『ヤッていいんだよ』というところだけが大きくなりすぎた」――最強レスラー数珠つなぎvol.16

――中学生のときは、船乗りになるのが夢だったとか。 前田:中学校のクラスメートの父親が、航海士だったんです。20万トンくらいのマンモスタンカーでね。甲板を一周したら約1kmだから、お父さんは毎朝ランニングしてるんだとか。太平洋に出たら10階のビルくらい高い波が来るんだとか。そういうことをいろいろ言うわけですよ。わあ、いいなあと思ってね。 ――ご両親が離婚したことで、夢を諦めることになった? 前田:もっと根本的なことで諦めたんですよ。船の専門学校の入学資格を見たら、「日本国籍を有する者」って書いてあったんです。自分にとって韓国って、外国でしかなかったんですけどね。自分の本名さえも知らなかったですから。 ――お父さんとの二人暮らしはいかがでしたか。 前田:父親もいろんなことに空虚感があったんでしょうね。韓国に行き始めたんですよ。ほったらかしにされて、もう憎らしくてね。玄関で包丁を持って待ってたことがあるんですけど、たまたま帰ってこなくて。帰ってきてたらヤバかったかもしれないですね。 ――生活が荒んで、街で喧嘩をすることが増えた。 前田:たまたま入った空手の道場が、無想館拳心道っていう新しい流派だったんですけど。岩崎孝二という人が館長で、他の流派が挑戦しに来るといつも華麗な技で叩きのめしてたんです。そういう実践的な人なんで、「武道は精神修行だから、争いごとはいかん。街で喧嘩に巻き込まれたら、絶対にやっちゃダメだ。でもやったら負けちゃいけないよ」と。道場が終わると、館長に聞こえないようにみんなで喧嘩自慢ばっかりしてました。どこどこでだれだれをシバいたとか。 “格闘王”前田日明「『ヤッていいんだよ』というところだけが大きくなりすぎた」 初段を取ったとき、ある先輩に呼び出されて。「空手の初段は、自動車の免許で言うとなんになるか分かってるか? 仮免や。仮免にはなにがあるか知ってるか? 路上教習や」と(笑)。御堂筋の反対側のほうにホテル街があって、ハゲの親父が若い女の子を連れて入ろうとするんですよ。「あのハゲ、頭に来るやろ? シバいてこい」って言われてシバきに行ったり、「ヤクザのバッチ取ってこい」って言われてバッチ取ってきたり。バッチ取りはえらい恐ろしくてね。一晩中、追いかけ回されました。 ――喧嘩をしたのは、寂しさを紛らわせたかったから? 前田:寂しさとかではないですね。緊張感と、終わったあとの爽快感と、「俺はこいつよりも優れてるんだ」っていう優越感です。 ――プロレス界に入ったきっかけは、佐山サトルさんだったんですよね。 前田:そうなんですよ、佐山さんなんですよ。高校を卒業して間もなくですかね。空手の先輩が公園で稽古をしていたら、「その蹴りは空手ですか、キックボクシングですか?」って聞いてきたのが佐山さんだったんです。運動神経がよくて、小説に出てくるような好青年がこの世にいたんだ、みたいな人でしたね。佐山さんが新日本に俺の話をして、入門する流れになりました。 ――新日本プロレスに入門して、アントニオ猪木さんに喧嘩殺法をしかけたとか。 前田:猪木さんに「なにをやってもいいですか?」って聞いたら、「なにをやってもいいよ」って言われたんです。それで目潰しと金的蹴りをやったら、周りにいたレスラー4、5人からフルボッコにされました。猪木さんには「なんで仲間同士でこんなことやるんだ、バカ!」って怒られて。なにをやってもいいって言ったのに(笑)。 ――そういったこともあって、デビュー戦の相手はだれもやりたがらなかった? 前田:そうそう。あいつはなにをするかわからないって。しょうがないから、山本小鉄さんが相手になったんですよね。「なんで俺だけこんな怖い人とやらなきゃいけないんだ!」って思いながらね。いま振り返ると、懐かしい思い出ですよ。 ――ゴッチさんが来日したときは、お世話をしたんですよね。 前田:ゴッチさんは全身があちこち痛んでいたので、それを治しに日本に来たんです。俺も膝を怪我して欠場してたので、それで身の回りのお世話をすることになったんですよ。ゴッチさんの噂はいろいろ聞いていて、会ってみたいな、教えてもらいたいなと思っていたので、嬉しかったですね。入門してから、体力、筋力をつけるトレーニングは教えられても、技術はだれも教えてくれなかったんですよ。けど、ゴッチさんは丁寧に教えてくれたんです。 ――関節技、一つ一つを教えてくれた? 前田:肘を極める関節技の話をしたら、バリエーションが50くらいあるんです。だから、うかうかしていると覚えきれない。わあ、すごいな、すごいな、と思っていると、終わったらなにも覚えてない。的を絞らないと、覚えられなかったですね。 ――サブミッションは、前田さんにとってどのようなものですか。 前田:猪木さんも山本さんも、若手の頃にアメリカ修行で行った場所はテネシー州なんですね。テネシー州っていうのは、太平洋戦争での戦死者が一番多い州なんです。だからプロレスでも、日本人がヒールで扱われたりとか、日本人をバカにするような取り決めだったんですね。正統派として出たとしても、相手のアメリカ人がショーとしてのプロレスをやってくれずに、ガチンコを挑んできたりとか。 あの2人は、“やられた喧嘩は買ってやり返す”っていう経験をいっぱいしている人たちなので、「外人にバカにされちゃいけないよ。向こうがルールを破ってきたら、ヤッていいんだよ」っていう教育だったんです。俺の場合、「ヤッていいんだよ」というところだけが大きくなりすぎましたけど(笑)。 ――1984年にUWFの旗揚げに参加されました。昨年出版された『1984年のUWF』(柳澤健/文藝春秋)が波紋を呼んでいますが、どう思われますか。 前田:あの本は、柳澤健という著者が書いたフィクションなんですよ。自分のフィクションをノンフィクションっぽく見せるために、「昔の資料にはこういうことが書いてあります」「昔はこうだったはずです」って言うんですけど、実際には彼が挙げているいろんな資料を自分の都合のいいように書き換えている。当時の状況や事実を無視して書いた小説を、ドキュメンタリーと言っているだけです。 “格闘王”前田日明「『ヤッていいんだよ』というところだけが大きくなりすぎた」
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本当の資料に基づいた反論本を出版
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前田日明が語るUWF全史 上

再び議論の的となっているUWFについて前田が全てを語る。格闘技プロレスファン待望の前田からの反論。全2巻1984~87年編。

前田日明が語るUWF全史 下

再び議論の的となっているUWFについて前田が全てを語る。格闘技プロレスファン待望の前田からの反論。全2巻1987~91年編。


■THE OUTSIDER 第50戦 ~有明ファイナル~
http://www.rings.co.jp/archives/7234
【開催日】3月11日(日)
【開場時間】14時00分(予定)
【開始時間】15時00分(予定)
【会場】東京・ディファ有明
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