更新日:2022年12月30日 09:52
スポーツ

ミック・フォーリー クレイジー・バンプの哲学――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第91話>

 無名の新人時代、フォーリーはアラバマ、ダラス、テネシーのローカル団体をあてもなくツアーした。  ダラスではカクタス・ジャック・マンソンというあまりありがたくないリングネームをつけられた。マンソンとはシャロン・テート殺人事件で知られる“マンソン教”のカルト教祖チャーリー・マンソンのことで、フォーリーのヒッピー系のロングヘアと無精ひげがマンソンによく似ているというのがその理由だった。  インディー時代のフォーリーのトレードマークは、クレイジー・バンプと呼ばれる危険な受け身だった。リングの上でも場外でもコンクリートのフロアでもどこでも自殺的バンプをとった。  フォーリーにとって、それはボディーとハートを同時に表現するただひとつの方法だった。1989年にWCWと契約してメジャー団体の前座レスラーになったが、WCWはフォーリーの前衛的なクレイジー・バンプを理解しようとせず、またフォーリーもWCWの企業的体質を嫌悪した。  フォーリーに「キミがそんなことをしてもだれも喜ばない」と忠告したのはリック・フレアーだった。  もちろん、この時代は“番付”がちがいすぎてまともなケンカにはならなかったが、ふたりの確執はWCW在籍時代から2000年代のWWE在籍時代までつづいた。  フォーリーとフレアーの因縁はシナリオのあるドラマではなくて、プロレス哲学の根本的なちがいだった。  フレアーは自伝本のなかでフォーリーを「美化されたスタントマン」と評し、フォーリーも著作のなかでフレアーを「選手としては優秀だか演出家としては無能」と断じた。  フォーリーは苦難のWCW時代にも“隠れた名勝負”をいくつか残した。スティングとのフォールズ・カウント・エニウェア・デスマッチ(1992年6月20日=“ビーチ・ブラスト”)、ベイダーとのテキサス・デスマッチ(1993年10月24日=“ハロウィン・ヘイボック”)がマニア層をうならせた。ドイツ・ツアーでのベイダーとのシングルマッチでは試合中に右耳の一部を失った(1994年3月16日)。  クレイジー・バンプはデスマッチ路線につながっていった。“類は友を呼ぶ”ということなのかもしれない。アメリカと日本のインディー団体、ECWとIWAジャパンでほとんど同時にカクタス・ジャックは“カルト教祖”になった。  いまなお語り継がれる“キング・オブ・デスマッチ・トーナメント”決勝戦でのテリー・ファンクとの大流血戦でフォーリーは“デスマッチ王”の称号を手に入れた(1995年8月20日=川崎球場)。  “プロレスの国ジャパン”でのスターダムは、フォーリーをアメリカのインディー・シーンの超大物に変身させた。  ECWアリーナに集まってくるハードコアなマニア層は、有刺鉄線ロープに体ごと飛び込んでいくカクタス・ジャックを宗教的存在として崇めた。  ECWでのカルト人気は、フォーリーが少年時代からあこがれていたWWEの扉をこじ開けた(1996年3月)。デビューからすでに11年が経過していた。  フォーリーのスター性に懐疑的だったビンス・マクマホンは、カクタス・ジャックを“怪奇派”マンカインドに変身させ、アンダーテイカーのライバルというポジションを与えた。  それがカクタス・ジャックであってもマンカインドであっても、フォーリーのアーティストとしての表現がクレージー・バンプであることにちがいはなかった。  フォーリーはWWEのリングにハードコア・スタイルを持ち込み、マンカインドのクレイジー・バンプがWWEのカラーそのものをドラスティックに変えた。  マンカインド対アンダーテイカーの変則金網マッチ“ヘル・イン・ア・セル”で、マンカインドは地上6メートルの金網のてっぺんからリングサイドの実況ブースに落下するとっておきのクレイジー・バンプを試みた(1998年6月28日=ペンシルベニア州ピッツバーグ“キング・オブ・ザ・リング”)。  それはビンスもWWEの観客もいちども目撃したことのない禁断のスタントだった。 “怪奇派”だったマンカインドがザ・ロックからWWE世界ヘビー級王座を奪った(1998年12月29日=マサチューセッツ州ウースター)。
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ドキュメンタリー映画ではフォーリーと家族の物語が描かれた
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