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勝谷誠彦氏、誰も知らなかった素顔「決して“いい人”ではなかったけど…」

追悼…長年 週刊SPA!の巻頭を担当した辛口コラムニスト逝く


勝谷誠彦氏

最初の入院時 病室にて(2018年)

 11月28日、稀代の辛口コラムニストとして鳴らした勝谷誠彦氏が、肝不全のため亡くなった。太く短く生き抜いた57年だった。『週刊文春』などの記者として活躍した勝谷氏は、’96年にフリーに転身。数多くの雑誌連載を抱えるなか、週刊SPA!本誌でも’02年から14年にわたって巻頭コラム「ニュースバカ一代」を執筆し続けた。『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ)などの人気番組でコメンテーターとしても活躍したが、’15年に突如うつを発症し、徐々に表舞台から遠ざかることに。20年来の親交があったメルマガ「勝谷誠彦の××な日々。」の発行元・世論社代表の高橋茂氏が振り返る。

「あの頃から酒量が増えて、生気がなくなり、原稿のキレもなくなっていきました。励まそうと四谷で飲んだときには、『もう電話をかけない』と言い出して、これはメルマガも終わりかなと思ったものです。のちに聞いたら『死ぬことを本気で考えた』と。でも、絶対に毎日配信する原稿は落とさなかった。原稿に対する執着だけは並外れたヤツでした」

 半年の治療で回復した勝谷氏だが、酒量は減らなかった。保守とリベラルの壁を越えて交友のあった立憲民主党の辻元清美衆院議員が話す。

「20年ほど前にテレビで共演したときに同い年で同じ関西人だとわかって意気投合。以来、顔を合わすのは年一回程度でしたが、私が窮地に立たされたら必ず勝谷くんが電話をくれました。選挙のときには突然現れて、応援演説をしてくれたこともあった。『オレは辻元清美とは正反対の立場だ』と応援にならないことを言ってしまうんですけど、『オレの言論の自由も守りたいが、辻元清美の言論の自由も守りたいんだ』と応援してくれた。でも、私は自分のこと以上に勝谷くんが心配でした。’16年に彼のお父さんが亡くなったときに、お葬式に私も参列させてもらったんですけど、勝谷くんはずっと酒臭かった。辛辣な口調の裏に、何か苦しみを抱えているように感じました」

勝谷誠彦氏

兵庫県知事選挙での第一声(2017年)

 ’17年には、トレードマークのサングラスを丸眼鏡に替えて兵庫県知事選に出馬。次点に終わったものの、64万票を獲得して人気ぶりを証明した。が、それから1年後、またも病に倒れる。顔色がすぐれず検査を受けたところ、そのまま集中治療室へ。

「重症アルコール性肝炎と診断され、半数以上の患者が1か月以内に死ぬと言われたのに、酒を絶ったら驚異の回復力を見せた。2週間でメルマガの執筆を再開して、エロサイトを見すぎてPCがウイルスに感染するほど元気になった(笑)」(高橋氏)

 約1か月半の入院生活を経て、生気を取り戻した勝谷氏。だが、禁酒生活は長くは続かなかった……。

「『もう一生飲まないよ』と言ってたのに、退院した日からお酒を買いに行っていた。どんどん体調は悪化して再入院したら、今度は病院がサジを投げた。勝谷の病室から酒の空き瓶が大量に発見されたんです。これにはショックを受けました」(同)

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戦場取材を共にした報道カメラマン宮嶋氏「勝谷さんは役者」

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