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泣き虫のおっさんが教えてくれた世の理。それは、オセロの黒の裏が白とは限らないこと――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第25話>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第25話】泣き虫ケリーさんとオセロ石  もう何年前になるだろうか。30代となり、いよいよおっさんになったなあと実感しだした頃、僕とケリーさんは出会った。  当時の僕はというと本当にクソみたいな生活をしていて、6畳のアパートに籠り、パソコンの前に鎮座して、夜な夜な小学生どもが集まるオセロサイトで小僧ども相手にちぎっては投げちぎっては投げ、一騎当千の活躍を見せていた。はっきり言ってあの時、僕はあのオセロサイトで最強だった。 「お前絶対に子供じゃないだろ」 「大人だろ」 「卑怯だぞ」  虐殺した対戦相手の中にはわざわざIDを検索してそのような罵声を送ってくる者もいた。しかしながら、こんなものしょせんは子供の戯言、圧倒的な強者はそんな言葉に耳を貸さない。罵声が心地よい子守歌のようじゃわ。 「さあて今日も100連勝といきますか」  そんな意気込みで今日も小僧どもを泣かせてやろうかとオセロサイトに繋げると、初戦の相手から、なかなか手強い奴がやってきた。名前をケリーといい、その打ち筋はとても子供のそれではなかった。  こいつはわかってるやつだ。いつも相手にしているこわっぱとはレベルが違う。すぐに分かった。こいつ、大人だ。  大人のくせにキッズサイトでオセロをするなんてなんてやつだ! 純粋な怒りが沸いてきた。  盤面の方は、白熱の攻防、ワンミスで負けるという緊迫感の中、駒だけがクルクルと目まぐるしく回転していた。  そしてついに決着の時を迎えた。僕の見立てでは僅かに勝てると睨んでいたが、最後に予想外の攻撃をくらい、なんと僅差で負けてしまったのである。 「こんなわけあるかー!」  パソコンの前で叫んだ。そして、対戦相手のケリーのIDをわざわざ検索し、徹底的に罵声を浴びせた。これは子供の打ち筋ではない。絶対に大人が子供のふりをしている。なんて卑怯なヤツだ。 「お前絶対に子供じゃないだろ」 「大人だろ」 「卑怯だぞ」  そんなメッセージを送りまくったと思う。すぐにケリーから返事が返ってきた。 「お前だって大人だろ」  やっぱりお前も大人じゃねえか。  そんなこんなで売り言葉に買い言葉、お互いにヒートアップしてしまい、住んでる場所も近いことだし、実際に会ってオセロの決着を付けようということになった。  なんでそんなことになったのか経緯をよく覚えていないけど、たしか「お前は大人でなおかつコンピューターの9段に打たせてるんだろう。卑怯なヤツ」「お前だってコンピューター使ってるだろ、この卑怯者」と言い合って、じゃあ不正ができないように実際に会ってやりましょうとなったのだ。30歳超えてなにやってんだ、僕は。
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決戦に現れた、やたらと涙腺が弱いおっさん
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