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泣き虫のおっさんが教えてくれた世の理。それは、オセロの黒の裏が白とは限らないこと――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第25話>

決戦に現れた、やたらと涙腺が弱いおっさん

 決戦当日。  確か地元の図書館だったと思う。そこの喫煙所で相まみえて対戦することになっていた。レンガ造りで格式ある感じの喫煙所で仁王立ちし、ケリーの到着を待っていると、しょぼくれたおっさんがオセロ盤を小脇に抱えてキョロキョロしながらやってきた。 「あのー、ひょっとしてゴンザレス田中さん?」  おっさんはそう話しかけてきた。こいつがケリーだ。やはりおっさんじゃねえか。おっさんが子供相手にオセロで無双か。おめでてーな。  僕は絶対に舐められてはいけないと思い、言葉を発さずに「いかにも」といった感じの表情を見せた。すでに貫録の面で一歩リードである。  ヤニだらけの小汚い木机の上にオセロ盤が置かれた。  いよいよ熱い戦いが始まる。死闘が始まる。血で血を洗う血闘が始まるのだ。個体かと思うほどに乾いた唾液が喉を通り過ぎ、ハッとなった。きっとケリーも同じような心持に違いない。  しかし、意外にもケリーはそうではなくて、オセロ盤を挟んで僕と対峙する格好で汚いベンチに座ると、ボロボロと大粒の涙を流して泣き始めた。何が何やら分からない。  落ち着かせて話を聞いてみると、どうやらこういうことらしい。  ああやって、オセロサイトで煽り合って会うことになったが、実際にそれでやって来たのが本当に小学生だったらどうしよう、そう思ったらしい。自分だけがおっさんで、小学生と本気で煽り合ったとしてらそれは恥ずかしいことだ。どんどん不安になる自分がいたそうだ。  恥ずかしい。とんだピエロだ。子供相手にムキになった自分。そんな考えがグルグル周る中、実際に会ってみると相手もおっさんだったので安心した。ゴンザレス田中さんがおっさんだったから安心した。それで泣いた、ということらしい。  こうして僕とケリーさんは出会い、会ったら会ったでけっこう和やかにオセロを楽しんだ。この日はどちらが勝ったのかは忘れたけど、時間が合えばこの喫煙所で会ってオセロを打とう、そう言ってオセロ友達になったのだ。  ケリーさんは泣き虫だった。  出会った時も、ちゃんとおっさんが来てくれた、と泣いていたが、その後もオセロを打ちながらことあるごとに泣いていた。それこそ、こうして今日も平和にオセロを打てる平和な国に感謝、みたいなラッパーが言いそうなセリフを言って泣くのである。  あまりにも泣きのスイッチが簡単に入るので、聞いてみたことがある。 「ケリーさんって今までで一番泣いた経験ってなんすか」  黒の駒を角に置きながらそう質問した。 「そうだなあ」  ケリーさんは次の手を考えながら色々と過去の辛いことを思い出し、ちょっと涙目になっていた。そして、少し間をおいて反対側の角に白い駒を置きながら口を開いた。 「オセロってさ、裏表じゃん。黒の裏は白。世の中もそうだって思ってたんだけど、そうじゃないんだよね」  そんな前置きからケリーさんの悲しい過去が明かされ始めた。  数年前のことだが、ケリーさんは「そろそろ俺もおっさんだし、出会い系サイトにデビューしておくか」と急に思い立ったことがあるそうだ。その理論の飛躍は何がどうなっているのか全然理解できないけど、反面、理解できるような気もする。  時は出会い系サイト隆盛の時代で、雨後の筍の如く様々な出会い系サイトが乱立していた。どこがいいかも分からない。そもそも登録方法も良く分からない。四苦八苦しながらなんとか登録にこぎつけ、掲示板に書き込んだ。 「会える人はいますでしょうか」  こんな毒にも薬にもならない書き込みに反応があるわけない、そう思うと泣けてきたそうだ。涙腺弱すぎる。  しかしながら、意外にも反応があった。 「会えますよ」  優しく柔らかなメッセージだ。胸が高鳴って、また泣けてきたらしい。どんな涙腺してんだ。
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裏の裏は表ではなく、また裏かもしれないのだ
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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