小沢一郎は死んでいない…国民民主党と自由党の合併で安倍内閣を脅かすか?/倉山満
その間、野党は離合集散を繰り返すばかりだった。
小沢が脚光を浴びたのは、平成10(1998)年の参議院選挙で自民党が大敗した時だ。過半数割れした自民党は小沢に助けを乞い、小沢も応えて連立政権を組んだ。しかし、後から連立に加わった公明党との関係が悪化。小沢は連立を離脱、再び野党に戻る。
小泉純一郎長期政権の次を見据えていた小沢は、野党の結集を図り、鳩山由紀夫・菅直人と民主党を結成。その大幹部に納まった。そして、2007年の参議院選挙で自民党を過半数割れに追い込み、ねじれ国会で苦しめる。時の福田康夫首相は、小沢に自民と民主の「大連立」を求めるに至った。
ここまでの過程で、皆が忘れていることがある。この時点までの小沢は、親米反中政治家だったことである。細川・羽田内閣の内紛、小渕内閣の連立離脱、そして大連立。すべて、親中派との抗争で小沢が敗れた結果だった。福田の「大連立」とは、親中派に牛耳られた民主党の代表だった小沢に差し伸べた救いの手だったのだ。
しかし、大連立構想は民主党内親中派の反対で、あえなく瓦解。以後の小沢は急速に親中派の道を歩む。民主党政権の幹事長としてまたもや剛腕を振るい、習近平を無理やり天皇陛下に会わせるなどの暴挙を行った。北京で「私は人民解放軍の司令官」と発言したのもこの頃だ。
そして今回の、国民民主党との合流だ。民主党内の内紛で小沢は敗れ、再び野党の道を歩み迷走しているようにも見える。
断言する。小沢は死んでいない。
理由はいくつかある。枯れているなら、とっくに政界を引退しているだろう。また、少数政党を率いながらも、落選議員の面倒を資金面で見ていた。別の少数政党で仕事をしていた私は、感心しながら見ていたものだ。そして、ここまで弱い安倍内閣が「一強」と呼ばれる劣化した政界である。相対的に小沢は政局に優れた実力政治家となるのだ。こうしたことから、菅義偉官房長官などは、「小沢が100億円動かせるとなると脅威だ」と警戒しているらしい。国民民主党の資金を小沢が使えるとなると……正しい警戒だろう。
先の沖縄知事選を見ると、野党が結束すれば、「安倍一強」とて危うい。政界の一寸先は闇。「一強」など、小池百合子一人が出てきただけで危なくなるような砂上の楼閣なのだから。
もちろん、どこまで野党連合が組めるかは未知数だが、「まさか野党に政権を渡せまい」となめ切っている自民党に、国民が鉄槌を下さないとの保証はどこにもない。
ではお前は、安倍不支持、野党支持なのかと言われると、悩む。安倍内閣でジリ貧か、それとも再び野党が跋扈するドカ貧か。
マトモな選択肢はないのか。1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『嘘だらけの日本古代史』(扶桑社新書)が発売中
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