更新日:2019年10月30日 21:14
エンタメ

低予算でも、アイデア次第で面白い映画ができるんじゃないか/鴻上尚史

映画『THE GUILTY/ギルティ』

映画『THE GUILTY/ギルティ』 ©2018 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

低予算でも、アイデア次第

 いやもうね、本当に電話の声と音だけなんですよ。  画面に映っているのは、アスガーと「緊急通報指令室」と同僚だけ。  それだけ聞くと、「いや、演劇じゃないんだから。いや、演劇でも場面は変わることもあるんだから、それは映画としてはどうなのよ」と思うでしょう?  グスタフ監督は、「音声というのは、誰一人として同じイメージを思い浮かべることがない、ということにヒントを得た。観客一人ひとりの脳内で、それぞれが異なる人物像を想像するのだ」と語っています。  なるほど、です。  息をひそめた女性の声を聞くと、僕の頭の中では僕なりの女性像が自然に浮かびます。  幼い子供の声を聞くと、僕なりに、幼い顔を想像します。それは自動的と言ってもいいです。  ラジオのパーソナリティーをしていて、圧倒的に面白いのは、特徴的な声のリスナーと電話で話す時です。  声がムチャクチャ色っぽかったりすると、僕の脳内にも、それを聞いている他のリスナーにも、ムチャクチャセクシーな顔が浮かびます。  声がアホすぎると、みんなの頭にものすごくアホな顔が浮かびます。  その想像だけでムチャクチャ楽しくなります。  一度、ニッポン放送の玄関でオールナイトニッポンの生放送をしていました。その時、すぐ目の前の道をパトカーがサイレンを鳴らしながら通過しました。夜中の3時近くでした。僕は思わず「街は眠らない」とつぶやきました。  次の週に、パトカーのサイレンがもの凄く想像力を刺激したという手紙をたくさんもらいました。みんなの頭の中に、走るパトカーが浮かんだのでしょう。  しかし、よくまあ、このアイデアで映画を撮ったと思います。通常のプロデューサーなら、映画化しようなんて思わないでしょう。  それをやりきった凄さがあります。  ただし、この監督、じつに丁寧にカットを重ねています。室内だけですが、その室内をいろんな角度でいろんな撮り方をして、絵が単調にならないようにしているのです。  低予算でも、アイデア次第で面白い映画ができるんじゃないか、という希望のような傑作です。  僕は、「まいったなあ」と言いながら映画館を出ました。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

『週刊SPA!』(扶桑社)好評連載コラムの待望の単行本化 第19弾!2018年1月2・9日合併号〜2020年5月26日号まで、全96本。
1
2

この世界はあなたが思うよりはるかに広い

本連載をまとめた「ドン・キホーテのピアス」第17巻。鴻上による、この国のゆるやかな、でも確実な変化の記録

おすすめ記事