更新日:2023年03月21日 15:56
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オレオレ詐欺犯に、息子の座を乗っ取られそうになった男子の話。そして僕――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第41話>

そして、母親のまさかの反応に……

「いま上司に代わるから」  電話口の息子が言う。時代は、オレオレ詐欺が第二ステージに移行し、劇場型と呼ばれる手法が主流になった時代だ。息子を名乗る男だけでなく、色々な男が登場してくる。 「代わりました。上司の竹下です。お母さま、大変なことになりましたよ。今は私のところで止めていていますが、上に報告する義務があります。そうなるとクビどころか刑事告発もされると思います。損害賠償請求もされますのでそうなると200万円では済まないでしょう」  クルクルと様々な役割の人が出てきて、顧問弁護士やら重役やら、果てには逮捕にやって来た警察官まで出ててきたらしい。 「もう警察来てるんかい、早すぎるだろ」  と突っ込みそうになったが、お母さんはグッと堪えた。そして騙されたふりを続けた。 「じゃあ振り込めばいいのね?」  最初の自称息子に変わり、お母さんはそう言った。もちろん振り込む気なんかなく、電話を切ったあとに警察に通報するつもりだった。 「ありがとう、母さん。寒くなるけど母さんも体に気を付けて」  自称息子のその言葉に、お母さんは心を動かされた。ボロボロと涙が溢れてきたそうだ。 「うちの息子は働かず、家にいれば部屋に籠ってゲームをし、たまの外出はスロット、可愛げなんてない。こうやって優しい言葉をかけてくれる息子なんて存在しなかった」  もちろん、感動したからといって、騙されるわけではなく、きっちりと通報したそうだ。ただ、ジャグラーを堪能して帰ってきた本物の息子にもとばっちりが来たようだ。 「あんたなんか息子じゃない。いちどでも私の体を気遣ったことがあるか。盗むか無視するかじゃないか。あの優しい言葉をかけてくれた犯人こそが私の息子だ!」  そう言って、本当に家を追い出されてしまったそうだ。 「俺以外の俺がいたんだよ。それもオレオレ詐欺犯。だから自分以外自分じゃないってのは当たり前とは思わない」  結局、彼はオレオレ詐欺犯によって家を追い出されることになったが、それがきっかけで自立し、働き始め、今は両親との関係も改善しているようだった。会話の内容からそう推察できた。息子を乗っ取った犯人にちょっと感謝している部分もあるらしい。でも、ジャグラーはたまに打っているようだ。  カフェでの会話は、おもしろい知見を僕に与えてくれる。自分以外は自分でないことなど当たり前と僕も思っていたが、まさか、オレオレ詐欺犯に本当の自分を乗っ取られる人もいるのだ。  おそらくではあるが、彼はオレオレ詐欺に自分を乗っ取られたことで、初めて外から見た自分を客観視できあのではないだろうか。自分以外の自分が外にできて、はじめてわかることもある。自分がいかにゲスか、とか。  文章を書くということは、ある意味、自分と向き合うことだ。けれども、それだけだと独りよがりな内容になってしまう。本当は、自分と向き合いつつ、客観視して文章を書く必要があるのだ。そういった意味では、なんとなく喧騒の中でしか書けない自分の特性が理解できる。 「自分以外の自分を外に置く」  僕は喧騒の中に自分を置き、他者の中で自分に向き合うことで客観的視点を手に入れているのだろう。だから今日も騒がしいカフェで書くのだろう。 「僕以外僕じゃない」  それを当たり前と思わず、この喧騒の中に僕以外にも僕がいるかもしれない。喧騒の中でそう考えながら、今日も自分に向き合っていくのである。  ゲスっぽい男の子は笑顔で続けた。 「そんなことよりさ、ジャグラーで負けちゃってさ、ちょっとだけお金貸して欲しいんだけど、五千円!」  さすがゲスを極めているとしか思えないセリフを聞き、競馬に負けて誰に金借りるか考えていた自分と重ね合わせて、やっぱり僕以外の僕がいる、と感じた。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri) ロゴ・イラスト/マミヤ狂四郎(@mamiyak46
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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