世間は、おっさんが意味もなくキレていると思っているが、確かにそうである――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第39話>
昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート!
【第39話】怒りのアフガン
怒りだ。そこにあるのは徹底した怒りだ。
そう、おっさんになると日常のあらゆることにイライラして怒ってしまうのだ。怒りという最も激しい感情に身を委ねることになってしまう。それがおっさんだ。
若い頃などは、駅などで怒鳴り散らして妙にイライラしているおっさんなどを見て、病気かよ、落ち着けよ、などと揶揄する気持ちがあったが、今ならわかる。あれは仕方がないことなのだ。
本当になぜか妙にイライラするのだ。意味不明にイライラするのだ。きっとホルモンバランスとかそういう肉体的な原因もあるのだろう。あれはそれが積もりに積もって爆発しているに過ぎない。そう、仕方がないことなのだ。
自分で言うのもなんだが、僕はけっこう温厚な性格だ。それこそ滅多に怒りの感情を出さないし、たいていのことはほんわかとやり過ごしてしまう。そんな僕なので怒りを顕わにすることなどほとんどないのだけど、つい先日、その怒りが爆発したことがあった。
あまりにもデブが過ぎるので、ジムに通うことにしたのだ。
そのジムはプールやサウナを併設しているジムで、まあまあ設備がいい。そのぶん、月会費はまあまあお高いのだが、やはりプールがあるってのはポイントが高い。いきなりハードなトレーニングは荷が重いので、まずはプールでウォーキングから始めよう、と考えたのだ。
しかしながら、どうやら多くのデブは必ずそう考えるようだ。いきなり筋トレとかランニングとかちょっと膝を痛めそうだし、きつそう、でもプールの中で歩くのなら楽そう、デブはそう考えるようでプール内はさながらデブの芋洗い状態。濃厚なダシが染み出たデブスープみたいになっているのだ。
そこで事件が起こった。
プール内は泳ぐコースと歩くコースに分かれていて、歩くコースは2コースあったのだけど、片方にデブが集結していた。さながらデブコースだ。そのデブコースで歩いていたところ、何をトチ狂ったのか一人のデブが突如としてがバタ足で泳ぎ始めたのだ。ウォーキングコースでバタ足、完全なる狼藉である。
たぶんだけど、歩きコースと泳ぎコース、その先にプール内エクササイズをするコースがあるのだけど、どうやらそのエクササイズが原因だったようだ。
そのエクササイズのインストラクターをイケメンジム員である内藤が担当する時間帯があるのだ。そうなると内藤目当てに若いギャルがワラワラと水着でプールにやってきて、デブスープにちょっとした華やかな野菜が添えられた、みたいな状態になるのだ。
僕なんかはその時間帯を完全に把握していて、内藤のシフトを暗記している。率先してそこに集まるギャルをウォーキングしながら見る、それを日課にしている。けれどもバタ足デブは違った。突如、水着姿のギャルがプールに登場したことに発奮し、俺は他のデブと違って泳げるんだ、と必死のバタ足である。ようはかっこつけたのだ。
デブのバタ足なのでそりゃまあすごい。あまり進んでないけど水しぶきだけはすごい。映画シンゴジラの冒頭で、羽田沖に謎の巨大生物が現れるシーンがあるのだけど、あれみたいになっているのだ。
髪を濡らすと面倒なので濡らさないようにしてウォーキングしているデブたちの髪をデブのバタ足はしっとりと濡らしていく。あと、めちゃくちゃ邪魔だ。歩くのにすげえ邪魔だ。歩くより遅いバタ足ってなんだよ。