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おっさんの、超どうでもいいボヘミアン・ラプソディ――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第50話>

引っ込みがつかなくなったおっさんが選んだ手法は……

 そういった公式グッズがあるのか、それともどっかの不届きな業者が勝手に作成したのか真相は分からないが、とにかく、おっさんがそのTシャツを着るに至った理由がちょっと分からなかった。  例えば、熱狂的なQUEENファンなのか。それなら理解できるが、それならばもっとファンっぽい、いにしえのTシャツとかになるのではないか。映画のTシャツならいかにもミーハーみたいにならないか。  そこまでQUEENのファンではないが、あの映画を観て感銘を受けてついついTシャツを買ってしまったのではないか。あり得る話だが、声を荒げているこのおっさん、とても素直に感動したから購入、とはいかないような気がする。  謎が謎を呼ぶ展開で、なぜボヘミアン・ラプソティなのか不思議で仕方がないが、よくよく考えたらけっこう“どうでもいい”ことだった。ただ、19番を巡る争いには少しだけ興味がある。ちょっと近くでスマホを確認するふりをして成り行きを見守ることにした。 「俺が19番なんだよ!」 「いいえ、僕が19番です」  ボヘミアンと若者の言い争いが続く。どうも順番の書かれたあの小さな紙片が争いの鍵を握りそうだ。通り過ぎるふりをしてなんとか近づいてみた。  確かに、ボヘミアンが持っている紙片には19番と書かれていた。確認していないが、たぶん青年の紙にも「19」と書かれているのだろう。けれども、なんだかボヘミアンの紙片のほうはフォントがおかしい。猛烈な違和感がある。なんか変だなあとか思いながらさらに注視して確認すると、とんでもないことがわかった。 「これ61番だ」  恐ろしいことに、ボヘミアンは「61」の紙片を逆さまに読み、「19番」だと思っているのだ。とんでもない強引さだ。  もちろん、そうやって逆さまに読むことがないよう、紙片には注意書きの文章が小さい文字で書かれていて、上下の判別ができるようになっている。けれども、そんなものお構いなしにボヘミアンは逆さに読んだ。完全に正当性がない。 「ちょっと、イサちゃん……」  ただ、それに気づいたのか、ボヘミアンの周りにいた取り巻きが耳打ちするように囁いた。  それを受けてボヘミアンも紙片を確認する。上にしたり下にしたりしてひっくり返す。完全に自分に正当性がないことに気づいた顔をしていた。  こういった時の対応は難しい。あれだけ自信満々にぶっこんだ手前、急に素直な態度をとるわけにはいかない。謝るわけにはいかない。いや、素直な態度をとるべきなんだけど、それができるおっさんは少ない。  そうなると次にとる手法は、次第にトーンダウンしていく、というものだ。間違いなのだから強く出るわけにはいかない。けれども謝るわけにもいかない。できれば“俺の方が正しいけど、もう面倒だから引いておいてやるわ”みたいな態度を取れると良い。  きっと、ボヘミアンもこっちのトーンダウン手法をとると予想した。もしくは、薄い確率だが素直に謝る可能性あるかもしれない。そう思ったが、彼が取った手法は全く違った。 「俺が19番だっていってるだろー!」  間違えていると気づいてなお、強く出る。とんでもねえ。
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ボヘミアンであることは大事なのかもしれない
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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