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さいたま小四男児殺害事件が象徴する、働く母親の活躍と理想の子育ての距離/鈴木涼美

不完全な人間たちが子育てすることを前提とした支援

 では、母親の自己実現と、理想的な子育て環境が角逐するとき、母親はどの程度の犠牲を期待されるべきなのか。  さいたま市で息子を失った母親がどのような心理的変化を経て再婚し、仕事を続けたのか、想像することしかできないが、両親がいる家庭であることが息子を助けると思ったかもしれないし、自分の孤独を埋めるためだったのかもしれない。働く強い母親を見せようと頑張ったかもしれないし、単に家庭の仕事よりも外でする仕事を好んだのかもしれない。  どんな理由であれ彼女のような母親が選んだ道が今回のような悲劇を生む可能性がある。と、同時に「たまたま」子供に良い作用をしていた可能性だってある。親が再婚したおかげで孤独を免れたかもしれないし、親の片方が無職であったために豊かな家庭内の時間を楽しんだかもしれないし、それが男親であったことが多様性への理解や多角的な考え方を育んだかもしれない。  サガンは、人間の脆さについてこんな風にも言った。 「人は折れてしまう、でなければ人間の中の何かが折れてしまう」。  子供が人体を通してしか生まれてこないという原始的な事実を抱えながら、多様性や個々の人生の充足という現代的な命題を目指すならば、不完全な人間たちが子育てすることを前提とした支援を組み立てるしかない。母親に破滅する自由があるかはさておき、子供がいるという事実は何も、彼女たちを折れない存在に作り変えるわけではない。 ※週刊SPA!10月1日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

おじさんメモリアル

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