奇才・松尾スズキが描く「夫婦という危うい関係」とは?
自ら監督・脚本・主演を務めた映画『108~海馬五郎の復讐と冒険~』が10月25日に公開される松尾スズキ。妻・綾子(中山美穂)に浮気された脚本家・海馬五郎(松尾)が復讐のため108人の女をカネで買って抱きまくるという荒唐無稽な物語でエロスを追求し、堂々のR18+指定となった。
12月には代表作『キレイ―神様と待ち合わせした女―』の再々々演、’20年からはBunkamuraシアターコクーンの芸術監督に就任など、56歳にして精力的に創作活動を続ける彼の脳内を覗いた。
――今回の映画ですが、自分以外の男のもとへ走った妻に対して「108人の女とセックスをする」ことで復讐をする、という主人公のロジックがまず独特ですね。
松尾:まあ、目の前から奥さんが消えて復讐心だけが残ったとき、自分もカネを使って浮気をすることで離婚したときに分与する資産を減らせる、というのが理由として一番大きいですよね。僕の周りにも財産分与で苦しんでる人がいるので参考にしましたけど。具体的にモノを買うのではなく、セックスすることが煩悩をひとつずつ消すような行為につながっていくんじゃないかと。でも、やっぱり楽しくはないんですよ。1か月で100人以上の女を抱かなければいけないとなると、そりゃ憂鬱にもなると思いますよ。
――と言いながら、五郎は女優で腐れ縁の女友達・美津子(秋山菜津子)とも長年にわたってセックスをしていたことが明らかになります。
松尾:女友達とヤッてる時点で復讐する権利はそもそもないんだけどね(笑)。だから彼は、現実ではなく常に妄想と戦っているんだけど、その姿こそが人間じゃないかなって気がするんです。割ってもきちんと一対一で半分にならない感じというか。
――確かに、人間ってそんなに簡単には割り切れないですよね。
松尾:だから僕は普通のテレビドラマが書けないんです(笑)。テレビドラマって割り切ったところにカタルシスがあったりするじゃないですか。僕から見たら「そんな綺麗に分けられないよ」と思うんですけどね。中山さん演じる綾子の、「他の人とするセックスは最高だと思いながら、あなたと一緒に生きたいの」っていうセリフは、矛盾をはらんでるけど夫婦とセックスの関係にまつわる究極の本音なんだろうなって。
――実は本作は、夫婦のあり方についても意外と深く問いかけてきますよね。
松尾:夫婦って、危うい関係だなと思うんですよね。一緒に過ごせば過ごすほどわからなくなるというか、しょせん、やっぱり他人ですから。結婚っていうのも人間が決めた制度であって、本来は不自然なことなんですよ。その不自然さのなかで常に足元が確かじゃない。そんな緊張感の上に成り立っているのが夫婦というものなんでしょうけど、やがて緊張感がなくなって、いろんなことがほころび始めるわけです(笑)。
――その意味で、五郎と綾子の関係はものすごくリアルに感じました。
松尾:綺麗事を言わない映画にしたいなと思ったんですよ。そこが普通のコメディとは違うところだろうなと。コメディって、最後は何かしら救われてポジティブに終わるでしょ。でも作り手としての性(さが)というか、きちんと割り切れるものを作れないんですよ、本質的に。俺も三谷(幸喜)さんみたいなシナリオが書ければそれに越したことないんですけど(笑)。最初の半分ぐらいはウェルメイドな話を書こうとするのに、どんどん悪夢が交じってきちゃう。自分の計算を外れていくっていう展開は、演劇でも同じなんですよね。

妄想と戦ってこそ人間である
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