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締め切り直前に駆け込んだサイゼリヤで、耳に飛び込んできた衝撃――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第70話>

イカリタトゥー女、再び衝撃の一言を放つ

 そして気を取り直した二人の会話がまた展開するのだけど、なにかの映画の話になった。その映画では女性同士がかなりの勢いで殴り合うシーンがあたらしく、話題がそこにおよんだ。  「やっぱり女性同士でも殴り合いとかするのかなあ。ちょっとあそこはリアリティがなかった」  ヤサ男が話題を振る。危険な話題だ。女性同士の殴り合い、なんとなく懲役時代に発展しやすそうな雰囲気がある。というか、ヤサ男、狙ってやってるんじゃないだろうか。ちょっと煽っているところがあるんじゃないだろうか。本当に優しいのか、こいつ。 「あー、あるよ、女同士の殴り合い、もしかしたら男同士より激しいかも、それでね……」  イカリタトゥーの返答もかなり不穏なものになっていく。これ、絶対に懲役時代の話になるやつだろ、同じ部屋だったやつが殴り合って懲罰房みたいな話なるだろ、絶対になるだろ。  耐えろ、耐えてくれ、イカリタトゥー。頑張ってくれ!  「活動限界まであと10秒!」  絶対に耐えるんだ。イカリタトゥー!  僕の心の叫び空しく、イカリタトゥーはうずうずしている、絶対に「私が懲役いってたとき」って言いたいに違いない。ダメだ、耐えろ、耐えるんだ、反省したんだろ、もう言わないんだろ、耐えるんだ!  「5…4…3…2…1…活動限界です! ノートパソコン沈黙しました」  目の前には真っ暗な闇が広がるパソコンの画面があり、間抜けな僕の顔を映し出していた。完全に充電が切れてしまった。  そんなことはどうでもよくて、問題はイカリタトゥーだ。もう耐えられないところまできている。ハラハラと見守っていると、ついに彼女が口を開いた。  「あるよー、女同士の殴り合い。私の妹が懲役に行ってたときにさ、実際にあったらしいんだけど……」  確かに「私の懲役」の話じゃねえけど、妹まで懲役にいってたんかい。そこにびっくりだわ。  こうしてサイゼリヤにおける僕の執筆活動は終わったのである。  サイゼリヤを出て、梅田の町並みを眺める。みんな忙しそうに歩いている。いやあ、締切り日なのに一行も書けなかったなあと愕然とするのだった。  こうなったら担当編集には「すいません、間に合いません。でも僕が懲役にいってたときは締切りなんてものがなく、そもそも原稿も……」と言い訳するしかないのかなあ、と思うのだった。 ロゴ・イラスト/マミヤ狂四郎(@mamiyak46)
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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