更新日:2023年04月27日 10:46
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締め切り直前に駆け込んだサイゼリヤで、耳に飛び込んできた衝撃――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第70話>

そこには、奇妙でアンバランスな男女二人組がいた

 この座席は少し造りが変わっていて、ほぼ一人用の簡易的なテーブルの隣に、ゴージャスなソファー席が配置されている。その座席の向きが90度違うので、僕の右側にそのソファー席がある形になる。つまり、特に振り返ったり凝視したりせずともチラッと横目で見るだけでその席の様子が分かってしまうのだ。  だからチラッと横目で見ると、後ろ姿しか見えないがかなりガリガリの体で弱々しくて、きゃしゃな感じの長髪の男性と、明らかに強そうで、豊満な感じ、若干のギャル系で胸を露出した服装に身を包む屈強な女性の姿があった。  女性は胸元のところにイカリのマークのタトゥーが入っており、耳には電動コイルのごとくピアスがいっぱいついていた。特別な祭りの日に儀式に使うような腕輪をジャラジャラとつけていて、動くたびに金属音が鳴り響いていた。 「めちゃくちゃアンバランスな二人だな」  そう思った。  屈強な感じの女性と、弱々しい感じの男性、こういっちゃなんだけど二人の接点が全く分からなかったのだ。やはり屈強な女性はポパイみたいにイカリのマークのタトゥーはいっているし、そのファッションからクラブシーンで活躍しそうな感じがする。  けれども男性の方はこういっちゃなんだけど、オタクっぽい感じだし、なぜか指だけが露出した皮のグローブをしているし、とてもクラブシーンで活躍する感じではなかった。はっきりいってしまうと、棲む世界が違う二人のように感じたのだ。  「なにがどうなったらこの二人でサイゼリヤに行く感じになるのだろうか」  いろいろなシチュエーションを想像した。  例えば幼馴染だ。  大阪の下町で育った二人は幼少時代、いつも一緒に遊んでいた。けれども成長するにつれて疎遠になっていった。  女性はギャルの道に、男性はオタクの道に、もう中学校であっても会話をしなくなっていた。高校生くらいになると近所ですれ違っても挨拶しない、目も合わせなくなっていた。  そんなおり、近所に住んでいていつも優しくしてくれた富井の婆さんが亡くなった。二人でいつも遊んでいるとお菓子をくれた婆さんだ。年金の支給日には外食にも連れて行ってくれた。  お互いに家に居場所がないと感じていた二人は自然と婆さんの家に足を運ぶことが多くなった。旦那に先立たれ独り暮らしであった富井の婆さんの家に行く。葬儀はしめやかに行われていた。そこで二人は本当の意味で再会し、言葉を交わした。 「久しぶり」 「うん」  あの日のように無邪気に会話するにはお互いが変わりすぎていた。  私はイカリのタトゥーが入っている。武志は革のグローブをしている。最初に切り出したのは武志の方だった。 「今度さ、サイゼリヤにでも行こうか」  それは富井の婆さんが年金の支給日によく連れて行ってくれた場所だった。思い出の場所、あの日に戻れる場所。 「うん」  桜子は胸元に手を当ててそう答えた。その手のひらはイカリのタトゥーがある場所を隠すようにしていた。なんだかあの日の二人に戻ったようで、富井の婆さんも笑っているように思えた。 こういう感じだろうか。いいや、もしかしたらもっと別の可能性もあるかもしれない。
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可能性その1:一目惚れから始まる恋
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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