更新日:2023年04月27日 10:46
ライフ

締め切り直前に駆け込んだサイゼリヤで、耳に飛び込んできた衝撃――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第70話>

捗る妄想、減りゆく充電、迫る締め切り

 いろいろと妄想が捗る。そうこうしているとごっそりと充電率が減少していた。 「活動限界まで50分です!」  伊吹マヤの声が脳内に響き渡る。いかんいかん、こんなことをしている場合じゃない。本当に書き出さないと間に合わなくなってしまう。一行も書いてないじゃいか。ワードの画面、真っ白じゃないか。  そうだ、相席居酒屋の話を書こう。最近、相席居酒屋にいって酷い目に遭ったおっさん二人の話を立ち飲み屋で聞いたところだった。その話にしよう。まだ長渕は降りてきていないが、もう長渕はあてにはできない。そう決めて書き出さないとと間に合わなくなる。  「それで店長がさあ、いうわけよ。本当にウザってかんじ」  そんな僕の決意を邪魔するかのように、イカリタトゥーの女が話し始めた。かなり攻撃的な口調だ。声もガラガラだ。  「いくらバイトでも時間は守らないとダメだよ」  ヤサ男が間髪入れずにそう突っ込む。優しい口調だ。  「そうは言ってもさあ、みんな守ってなくね?」  「確かにそうだけど限度があるよ」  この会話を聞いて確信した。この二人はバイト仲間だ。同じバイト先で働いている。けっこうアンニュイな感じなので夜通し働いた末にこの時間にバイトが終わり、そのまま二人でサイゼリヤにきて食事となったのではないだろうか。  そういうことは早く言ってくれよ。早めに言ってくれれば変な妄想を三本立ててする必要もなかった。10分も時間を無駄にすることなかった。もっと早い段階で同じバイト仲間だって言ってくれよ。そうすればもうちょっと原稿が書けただろ。  「なんだよ、バイト仲間かよ」  でもそうなると、もう一つの疑問が沸き起こる。おそらく会話の内容と雰囲気から、夜通し働くコンビニかなにかのバイトなのだろうと思うのだけど、そのバイト明けでサイゼリヤに来るだろうか? もちろん意気投合して飯に行こうってなるのは自然なことだけど、この二人に限ってはそうには見えない。なにせ革グローブとイカリタトゥーだ。  じゃあ、このある意味アンバランスな二人がコンビニバイトの終わりにサイゼリヤに来るシチュエーションを考えてみよう。たぶんコンビニはファミマだ。  夜明け前のコンビニはどこか静かだった。今日は僕の苦手なタイプであるギャルの桜子さんと同じシフトだった。「ちょっと、ファミポートがエラー出てるんだけど!」静けさに満たされた店内に桜子さんの怒号が響く。彼女はまるで草原向こうに住むタニミ民族に伝えたいと思うほどの大声でそう言った。  「やれやれ、なにもそんなに大声出さなくても」僕は人差し指で瞼を擦りながらファミポートのマニュアルを片手にバックヤードから……。  いかんいかん。妄想やめ。こんなことしていたらガチで間に合わなくなる。 「活動限界まであと40分です!」  うるせえ。言われなくてもわかってるわ。集中、集中だ。  そうだな、出だしはチーターとシマウマの雑学から導入して……、そこから立ち飲み屋のシーンに移行していく構成にしていくべきだな。やっと原稿に向き合い、そんなことを考えていたら、二人の会話がさらに見逃せないものになっていた。
次のページ right-delta
イカリタトゥー女が放った驚愕の一言
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


記事一覧へ
pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

おすすめ記事