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締め切り直前に駆け込んだサイゼリヤで、耳に飛び込んできた衝撃――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第70話>

パソコンの充電切れに焦っていた僕の耳に入ってきた気になる会話

 サイゼリヤのことは好きだ。いつだって安くて美味い。けれどもそれはあくまでも食事という観点で見た場合で、原稿を仕上げるとなると勝手が違う。  サイゼリヤに限った話ではないが、ファミレスの多くは客席に電源を備えていることが少ない。このサイゼリヤも例に漏れず、しっかりとどの座席にも電源がなかった。けれども背に腹は代えられない。適当な食事とドリンクバーを注文し、明らかに機械の設定間違っていて8割が泡になってしまったコーラを傍らに、臨戦態勢で原稿に臨むことにした。 「タイムリミットは1時間半」  締切りまではもうちょっと時間がある。けれども、1時間半、つまり90分がタイムリミットであることは明白だった。なにせ、電源がないのでノートパソコンの充電がもたない。僕の記憶が確かならば、よほどの負荷、それこそ動画編集とかエロ動画鑑賞とかしない限り。  通常の作業程度ならば1時間40分くらいは充電が持つ。原稿が出来上がった後にネットに接続し、担当編集にメールで送る電力を考えると余裕を見て1時間半が限界であろう。その時間内に書ききる必要がある。僕はギュッと唇を噛み締めた。  運ばれてきた食事を急いで平らげ、泡だらけのコーラで口を潤す。そして、意を決してパソコンを開いた。けたたましくWindowsの起動が始まった。 「充電率76%」  ガッデム! とんでもないことになった。  そういえばサウナの休憩室でエロ動画を見るためにパソコンを開いたのだった。そこから特に充電をしていない。つまり、フル充電かと思われたが、最初から24%分の電力を喪失した状態なのだ。フル充電で約90分、その76%となると約68分24秒、いきなり20分以上失った形になる。  ちょっと呆然としてしまったが、全然いける。なにせこの連載はいつも30分くらいで書いている。60分以上もあることを考えると完全に想定内だ。いける。全然いける。まったくもっていける。 「何を書こうか」  いつものことだが、この連載は、パソコンを開くまで何を書くかあまり決めていない。開いた瞬間に天から長渕剛の偽物みたいなやつが降りてきて「今日は相席居酒屋の話書いちゃいなよ」と助言をしてくれる。そう、いつも長渕の偽物頼りだ。  ただ、今日に限ってはサイゼリヤにビビったのか、長渕剛の偽物は降りては来なかった。これは大変なピンチになってしまった。  サイゼリヤの雑踏はどこかうるさかった。  普段ならこんな騒々しい環境においても、それこそ隣で赤子がこの世の終わりのように泣いていようとも平然と書けるのだけど、それはあくまでも何を書くか決まっている場合の話だ。  何も決まっていないこの状態でこの騒音はなかなか厳しいものがある。まったくもって考えがまとまらない。どうしたものか、早く来てくれよ、長渕の偽物、と心の中で叫んでいるとあっという間に8分の時間が経過してしまった。残り60分である。  「活動限界まであと60分です!」  頭の中にエヴァ風のアナウンスが響き渡る。警報が鳴り響き、明らかに緊急事態だが焦らない。まだまだ時間はたっぷりある。  そんな感じでいると、右側のボックス席から明らかに興味深い会話が聞こえてきた。
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そこには、奇妙でアンバランスな男女二人組がいた
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pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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