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締め切り直前に駆け込んだサイゼリヤで、耳に飛び込んできた衝撃――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第70話>

イカリタトゥー女が放った驚愕の一言

 「時間守れないのは無理もないね。今は昔と違って自由だから」  イカリタトゥーが訳の分からないことを言い出す。「今は自由?」どういうことだろうか。ちょっと意味が分からない。理解できない。  「ああ、なるほどね」  ヤサ男の方も理解したようで妙に納得していやがる。なんだ、何が自由なんだ。わからないのは僕だけなのか。なんでお前らだけ理解してるんだ。それってちょっとズルくないか? なんだか妙に落ち着かない感覚が僕の体を包んだ。そこにイカリタトゥーの衝撃的な言葉が放たれた。  「ほらあ、ずっと時間に縛られていたわけじゃん、私が懲役にいってた頃は」  懲役!?  いま懲役って言った?  そう、懲役と言ったのだ。  イカリタトゥーは特に表情を変えることなく、懲役と言ったのだ。  そりゃあ懲役にいっていた人もこの世の中にはたくさんいるだろうけど、あまりにサラリと言いすぎじゃないか。まるでUSJにいってきたみたいにサラリと懲役にいっていたといわれても困る。頭の理解が追い付かない。  「そうだよねえ、懲役だもん」  ヤサ男の方も極めてサラリと懲役を受け止める。USJのジュラシックパークのやつ乗ったって言われた時くらいのカジュアルさで受け止めている。  あまりに普通に「懲役」という言葉が飛び交っているので、まるで懲役に行ったことがない自分がおかしいような錯覚に陥ってしまった。もしかしたら僕が知らないだけで大阪の梅田にいる人はみんな懲役に行ったことがあるのかもしれない。  向こうでゲハハハと笑っているおっさん集団もみんな懲役経験者かもしれない。マダムたちが集まってハイテンションで舞台俳優の話をしているがみんな懲役経験者かもしれない。あれも懲役、これも懲役、みんな懲役、大阪とはそういう街なのかもしれない。そこまで追い詰められていた。それほど「懲役」という言葉のインパクトがあった。いいや、本来、「懲役」とはそれくらいのインパクトはあるものじゃないか。  「活動限界まであと30分」  やばい。懲役のインパクトがすごすぎて原稿が全く進んでいない。けれども30分あればなんとかなるはずだ。きっとなんとかなるはずだ。いつもの執筆時間だ。ここはまずチーターの話から書き出して雑学につなげてそこから立ち飲み屋のシーンに……。そう決めたとおりに書かなければならない。 「チーターは懲役に……」  うわああ、懲役のインパクトがすごすぎて侵食してきている。なんだよ、懲役に行くチーターって。ダメだ。本当にダメだ。書けない。けれども締切りを考えたら逃げるわけにはいけない。逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ。
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もう懲役言いたいだけだろ
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pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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